ひろがる音楽

#03 吹部、無い?!


【2012年4月7日】


「やったぁ!カナちゃん同じクラスだよ!」


 まだサイズが少し大きめの、紺色のセーラー服を着た夢ちゃんが、わたしにそう話しかけてきた。


 わたしは校舎の壁にでかでかと貼られてあるクラス名簿を確認する。

 

 文字が小さくて見にくく、見つけずらかったが、『一年二組』の欄に自分の名前を見つけると、『一緒だね!』とお互いに喜んだ。


 みんなも同じだよ!夢ちゃんは興奮冷めやらぬ様子で、後ろにいるえりちゃんたちに話しかける。


 桜が少しずつ散り始め、徐々に葉桜が目立ってきた今日。


 わたしは約二年と半年通った若の宮小学校を卒業し、そのまま若の宮中学校に入学した。


 人生で初めての制服に、新しい校舎。だが、周りを見渡しても顔見知りばかりで、新鮮味はあまりない。


 まぁ、ほとんど持ち上がりだから。でも、小学校時代の友達と一緒の学校に通えることは単純に嬉しかった。


「ねぇ、部活何入る?」


 クラスの表を一通り見たあと、夢ちゃんがみんなに聞く。


「私はテニス部かなー」 


 話し始めた夢ちゃんが、楽しそうに足をバタバタさせながらそう言う。


「私はバレーがいいな!」

「美術部か卓球で迷ってるー」


「顧問の先生も重要だよね!」「わかるー!」と、みんなは口々にそう言い合い、楽しそうに盛り上がっている。


 そんな中、ひとりだけ黙って頷きながらみんなの話を聞いている子が居た。ユキちゃんだった。


「ね、ユキちゃんは?」


 隣に居たなっつんが、そんなユキちゃんに声を掛ける。うーん、とユキちゃんは曖昧に笑い、


「あたしは、特にこれといって無いかな」

「じゃあ帰宅部?」

「いや、帰宅部はちょっと……どこかには入りたいとは思ってて…」


 ユキちゃんは新品のセーラー服が窮屈なのか、襟袖を指でぐいぐいと伸ばす。


「カナちゃんは?」 


 すると夢ちゃんは、今度はわたしに話を振った。


「わたしは…」


 その質問、待ってました!と言わんばかりに、わたしは心の中でグッドポーズを立てる。


「わたしはね、吹奏楽部!」


 ずっと昔から心の中に秘めていた部名を、わたしは自信満々に言い放った。


 だが、返ってきた反応は想像通りでは無かった。


「え?すい…?」

「そんな名前の部活、あったっけ…?」


 途端、みんなは不思議そうに首を傾げ、口々にそう言い出した。


「あのさカナちゃん…言いにくいんだけど…」


 夢ちゃんが微妙そうな顔つきで、わたしの耳元でコソッと呟く。


「お兄ちゃんもこの中学だったから知ってるんだけど……吹部、無いよ」


 その言葉に、たったの一瞬でわたしの頭は真っ白になった。

 

「えっ…?」


 すい、ぶ…ない?この言葉が、すんなりと理解できなかった。


「若の宮中学校に吹奏楽部は、そもそも無いの。設立されてない」


 呆然としていると、『だから諦めなきゃね』と、夢ちゃんは苦笑いしながら、わたしの肩をポンと叩いた。



【♪♪♪】


「ねぇユキちゃん!わたしと一緒に吹奏楽部を作ろう!」


 帰り道、みんなと別れて最後にユキちゃんと二人きりになった瞬間、開口一番わたしはそう言うと、ユキちゃんの手をガシッと掴んだ。


 わたしのその言葉に、ユキちゃんは一瞬沈黙したあと、はぁ?!と文字通り驚愕した顔をした。


「ユキちゃんも音楽が好きでしょ?」


「いやっ…てかあたし今、朝にあまりにもあんたが落ち込んでたから『残念だったね〜』って励まそうとしてたんだけど?!」


 と、ユキちゃんはプルプルと震えた指でわたしの顔を指さす。顔がとても引き攣っている。


「何言ってるのユキちゃん!無いなら自分で作ればいいだけの話だよっ!」


 わたしは目をキラリとウィンクさせる。切り替え早すぎ、との突っ込みをユキちゃんから貰った。


「あたしの気遣い返せよ…てか、部活なんて生徒だけの力で作れるの?そもそもどうやって作るつもりなの?」


 とりあえず冷静になった様子のユキちゃんが、腕組みをしながら首を傾げる。


「音楽の先生に『部活を作りたいから顧問になってください」って頼んでみようとかと思って。」


「はぁ…」


「それでもし聞いてくれたら、部活作れるのかなぁって!それでどう?」


 わたしは自信満々に渾身の作戦をユキちゃんに伝えたが、ユキちゃんは『待って』と止めるようにわたしに手のひらを向けた。


「まだ引き受けたわけじゃないけん。カナは、本気で吹部を作りたいの?」


 満面な笑みのわたしとは真逆に、ユキちゃんは渋い顔をして、納得出来ていない様子だった。


「本気だよ!ユキちゃんとオルガン弾けて楽しかったし、そのおかげで友達ができたんだもん!」


 わたしは精一杯声を大にして訴える。


「だから、わたしはまたユキちゃんと音楽がやりたいの!」


 その気持ちは全部本当だった。


 ユキちゃんが初めてわたしに笑顔を見せてくれたあの日から、わたしと彼女は毎日音を合わせていた。


 初めは放課後にふたりきりでの演奏だったが、やがて人目のある休み時間にも。


 すると、思いのほかわたしたちの演奏は、クラスメイトから大好評だった。毎日、休み時間になるとオルガンの前に人が殺到するようになった。


 そんなとき、いつの間にかユキちゃんは喧嘩をした夢ちゃんたちと仲直りをしていた。


 あんなに激しく言い争っていたのに、その後は何事もなかったかのように友達に戻っていた。


 そして、ユキちゃん経由でわたしも夢ちゃんたちと仲良くなることが出来た。


 それからわたしの毎日は、いままでと劇的に変わったのだ。


「お願い!せめて先生に言いに行くときに一緒に付いてってくれるだけでいいから!」    


 わたしは手のひらをパチンと合わせると、ユキちゃんに頭を下げる。


 もちろん、ユキちゃんに他に入りたい部活がなかったことを知った上での頼みだった。


 自分でもとても難しいことをやろうとしているのは承知の上だ。


 だけど、わたしは遊びで言っているのではない。至って、本気で吹奏楽部を立ち上げようとしているのだ。


 わたしは、どうしても音楽系の部活がやりたい。

 

 音を扱う部活じゃなきゃ、だめなんだ。


 ───―わたしの「夢」を叶えるためには。


「いやでも、いきなりそんなこと言われても…」


 わたしの訴えを聞いても、ユキちゃんの顔はまだ渋かった。


「え、作るんですか?!」


 とそのとき、すぐ真後ろから声が聞こえた。わたしとユキちゃんが同時に振り返る。


 そこには、坊主頭で背の低い男の子が立っていた。


 若の宮中学校の男子制服である黒の学ランを身に付けており、目を星のようにキラキラと輝かせながらわたしたちの方を見ていた。


「と、突然すみません。君たちも一年だよね。今、吹奏楽部を作るって話を聞いたから……」


 と、彼は少し遠慮気味で話した。何組なの?とわたしは聞く。


「僕、白銀山小学校出身の一年三組の者です。昔から音楽が好きで、興味もあって…」


 人当たりのよい笑顔を浮かべ、同い年の相手に話しているのにも関わらず、随分丁寧な口調で話す彼。

 

 初印象として、いい意味で男の子らしくは無いな、とわたしは思った。いかにも真面目で勤勉、という雰囲気。

 

 よくいる同級生のふざけてばかりいる男子とは、明らかに違う。


「でも僕の家、兄弟が多くてお金が無くて、楽器を習えなかったんです。だから、せめて部活では音楽をやりたいなと思ってて…もしよかったら、僕にも手伝わせてくれませんか?部活作るの。」 

「……え!?ほんとに?」 


 その男の子の言葉に、わたしは手に口を当てて、歓喜の声を上げた。まさかの予想外の協力の申し出だ。飛び上がるほど嬉しかった。


「はい!もちろんです!」

「よーし!じゃあ、三人で若の宮中学校に吹奏楽部を作ろう!」


 わたしはその男の子の手をガシッと握る。男の子が驚いたのか『ひゃい?!』と高い声を上げた。


「展開はや…」


 わたしは隣で唖然としているユキちゃんの肩に手を置いて、ぐぃっと引き寄せる。


「この子が、わたしの親友のユキちゃん。で、わたしはみんなから『カナちゃん』って呼ばれてるの!」


 わたしはその男の子に自己紹介をする。ちょっとまだやるって決めたわけじゃ、とユキちゃんは顔を顰めていた。


「へぇ。可愛らしいあだ名ですね。あ、僕はみんなから『トッくん』の呼ばれているので、そう呼んでくれたら嬉しいです」


 これから、よろしくお願いします。男の子……トッくんはそう言うと、やたらと丁寧にお辞儀をした。


「ああもう…分かったよ!」


 そんなトッくんの様子を見ていたユキちゃんが、投げやりに叫んだ。


「協力するよ!あんたたちに」

「えっ!ユキちゃん、本当に?」

「付いて行くだけだからね!」


 ふん、と無愛想にそっぽを向いたユキちゃんの手を、わたしは勢いよく抱き付く。


 葉ばかりになった桜の木から、弱々しく落ちた花びら。例年ならその光景を見て、寂しく思っていたはずなのに。錆びて茶色っぽくなった花びらは、希望に満ち溢れた未来へと続くタクトのように感じた。

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