転生したら暗黒ドラゴン

ウェルザンディー

第1話 ドラゴンに転生

「グオオオオオオオッ!!!」



 今日の莉々子は、生命が発するとは思えない怒号を聞いて、目が覚めた。



「オオッ!? グオオオオオンッ……グルッ?」




(あれ……なんか変だぞ、今日の私)



 日本語を何度か発音しようと繰り返すが、その度にけだもののような叫び声しか出ない。遂に疲れが極まってしまったのだろうかと考え込む。



(それによく見たら周りもおかしいし。岩……?)



 住んでいるマンションの壁ではなく、原始的な岩剥き出しの壁。ついでに身体が壁に衝突しており、とても痛い。



(てか何ここ、狭っ!? なんで私こんな事態になってるんだ……!?)





「グオオオオオオ……オオオオオーッ!!」



 とりあえず狭いのは嫌だったので、身体を広げてみる。叫び声が出たのは想定外だったが、存分に腕を伸ばす。



 すると周囲の岩壁は一気に崩落した。




「グオッ……!?」



 まさか壁が崩れるとは思わず、驚いてしまう莉々子。視界には青い空と広大な森林が一気に入ってきた。


 そして一番気になったのは、足下にいる豆粒のような影。次々と自分を指差して言葉を発している。



「お、おい出てきたぞ!! どうするんだ!!」

「なんか遠くの雲とか見ているな……案外凶暴じゃないのかも?」

「だからと言って撤退するのか!? もしも凶暴性を秘めていたらどうするんだよ!!」


「おお、なんて禍々しい見た目。伝説に書いてある通りだなあ……」

「おい、ヒーラーの癖に前に出てくんじゃねえっ! 引っ込んでろ!」

「あ、ごめんごめん。つい見惚れちゃって……」




 彼らは日本語を使っている。でも目の前に広がる景色は、どう見ても日本ではない。


 一体どういうことなのだろうか――莉々子はそれを聞いてみようと、どうにか身を屈めて彼らと視線を合わせようとするのだが、




「ひいいいいっ!! 近づいてきたっ!!」

「い、一時撤退だ!! とりあえず目覚めたことだけでも報告するぞ!!」



 言葉を挟む間もなく、人々はその場から立ち去っていくのであった。





(え……何、なんなの……? 私、何かした……?)



 莉々子は真っ先に、自分の見た目が悪いから逃げられたのだと思った。


 だから今の自分がどんな姿をしているか確認しようと、近くにあった泉を見てみた所――



(え……)



(嘘おおおおおおおおおっ!?)

「グオオオオオオオオオッ!?」



 たとえ人間でなくとも、莉々子は声を出さずにはいられなかった。


 泉に映っていたのは人間の女性ではなく、巨大な体躯を持つドラゴンだったのだから。






「お前ってさ、トカゲみたいに根暗な奴だよな」




 ――その言葉を言われた瞬間、莉々子の世界は真っ暗になった。




「えっ……その、トカゲって、」

「だーかーらー、そのままの意味だよ。説明が必要? すぐに言葉を理解できないの、そういう所が陰キャなんだよな」



 莉々子は、自分の性格が暗めであることを自覚していた。だから明るくて好かれる性格になろうと、これまでたくさん努力をしてきた。



「……トカゲ……」

「俺さ、莉々子はすっげえ可愛いと思って告白を受け入れたんだよ。でも付き合っていくにつれて、だんだん露わになってきたって感じ?」



 自分の好きなものとは正反対な、可愛い服を着て。大して興味ないけど、話題のドラマや音楽を調べて。コミュニケーションに関する本だって繰り返し読んだ。



「作りもののキャラでこのまま付き合いを続けても、お互いが不幸になるだけだし……そもそも俺、暗い性格の女子って好きじゃねえし……」

「あ……ああ……」



 その努力の甲斐あって、今は恋人ができた。自分の性格を理解してくれていると思っていた、思い上がっていた。



「だから――このまま別れてほしいんだよね――」





 その提案を聞き入れる前に、莉々子は部屋を飛び出していた。





(いっ、嫌だ嫌だ嫌だあああ……どうしてえええ……)



 天気は雨で時刻は夜の9時。周囲はほとんど見えない。



(何で、何で何で何で、意味わかんない……トカゲって、どういうこと……!)



 莉々子は恋人に言われたその言葉が気になって、安全確認をする余裕がなかった。



(私の性格、常に顔色をうかがって合わせているのが、変温動物っぽいってこと!? 肌ががさがさで、爬虫類っぽいってこと!? 目がどこかわかんない、地味な顔つきってこと!?)



 どうして別れを切り出されたのが――そのことを考えるのに夢中だった。





「――あ――」



 気がつくとクラクションの音が聞こえて、気がつくと車が目の前に迫ってきていて、


 気がつくと正面衝突し、肉体が投げ飛ばされ、地面に叩きつけられて即死した。






(そ、そうだった……私、車に轢かれて死んだんだった……)


(じゃあこれは異世界転生ってやつ……私、転生してドラゴンになったのか。えっ、でもドラゴン……!?)



(ドラゴンってつまり、トカゲの頂点じゃない! やっぱり私、根っからのトカゲだったってこと!?)


(嫌だ……なんでトカゲなの……トカゲとか全然可愛くないじゃん……可愛いの対極にあるじゃん……)




「グオオオオオオ……」



 見た目こそ凶暴だが、中身は女性。誰にも言えない秘密を抱えたドラゴンの慟哭が木霊した。

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