第108話 紫陽花ゼリー

 昼休み中も、紗奈はいつもよりも元気が無かった。普段はあおい達と食べたり、たまに千恵美達に誘われて一緒に食べたりしている。


 しかし、今日は一人だった。と言うのも、早く食べ終えたら部活の先輩に用事があるとの事で、菖蒲に断りをいれたのだった。


「今日はどうして一人なの? 誘ってあげようか?」

「早く食べて部活の先輩と話したいことがあるから……。ごめんね」


 桐斗が誘ってくるその間も、紗奈のご飯を口に運ぶ手は止まらない。


「ふふ。素直じゃないね。本当は構って欲しいんでしょ? 俺ならいつでも助けてあげるよ?」


 何を勘違いしているのか、桐斗は自信満々にそう言い放つ。紗奈は早くご飯を食べ終えたいのだが、これでは食べづらいし困ってしまう。


「助けるつもりなら静かに食べさせて欲しいのだけど」


 そう言えば、「やれやれ」と首を横に振って目の前の席に座ってきた。こちらが呆れているくらいだ。ほのかに湧き上がった怒りを抑えつつ、紗奈はもぐもぐとご飯を食べ続ける。


「いただき」


 プチトマトを一つ食べられた。紗奈の苛立ちはどんどん募っていくし、何故だか悪者は桐斗ではなく紗奈の方にされるし、今日は悠が休みだし、憂鬱だ。


「羨ましいー」

「いつも北川さんばっかり……」


 ヒソヒソと聞こえてくる声にも、今日は悲しみよりも苛立ちの方が強い。

 

(そう思うなら、手網でも握っててくれないかしら)


ガタン


 紗奈は食べ終えたお弁当箱を仕舞って、席を立つ。


「どこに行くんだい?」


 本当は俺といたいんだろう? なんて言う副音声が聞こえてくるが、それは全くの見当違いである。紗奈は不機嫌に桐斗を軽く睨むと、口を開いた。


「言ったでしょ? 部活の先輩のとこ」


 さっさと廊下に出たが、未だにイライラしている。もっと強く断れない自分に悔しささえ覚えた。


 紗奈は嫌なことは嫌。とハッキリ言える子だ。しかし、紗奈が彼に何かを言えば悪者にされるのは、何故かこちらの方だった。尻込みしてしまっている。紗奈自身、それには気がついていた。


「はぁ……」


 と、紗奈はため息をついた。


(こんなだから、悠くんの事も傷つけちゃうんだ……)


 紗奈は悠の顔を思い浮かべると、少し泣きそうになってしまう。しかし、ふるふると首を横に振って、小さく気合いを入れたら、料理部部長のクラスである、三年五組に向かった。


 部長はクラスにいた。他の料理部のメンバーと一緒にご飯を食べているようだった。


 彼女は優しい人で、どちらかと言えば大人しい方だが、自分の意見をハッキリと言う人だ。眼鏡に後ろで一つに三つ編みにしている姿を初めて見た時は、頭が良さそうだ。と思った気がする。


「あれ? 一年じゃん。どうしたの?」

「あ、あの…江口えぐち先輩、に用事があって……」


 三年生の教室に来たのは初めてで、紗奈は物凄く緊張していた。


 紗奈の容姿は年齢問わず人を虜にしてしまう。特に上級生からしたら、女子生徒すら虜になってしまうような可愛らしさがあるので、話しかけてくれた先輩が、女性だというのに少しだけ、だらしなく口元を緩めていた。


「江口ちゃーん! 一年の子が呼んでるー!」


 その先輩が部長の名前を呼んでくれたので、その江口えぐち麻美あさみ先輩も、こちらに気がついてくれた。


 食べる手を止めて、パタパタとこちらに歩いてくる。


「北川さんじゃない。どうしたの?」

「あ、えっと…今日の部活の事なんですけど……。友達が私のせいで熱を出しちゃって。き、今日、お休みしてお見舞いに行きたくて……いい、ですか?」


 少しだけ緊張気味にそう聞くと、麻美も「熱を出した」という言葉に反応して、心配そうに眉を下げた。


「ええ。その子が心配だものね。顧問には私から言っておくから。それから、昨日のゼリーだけど、今の時間に持っていきなよ。鍵貸してあげる」

「え、でも。お休みするのに……」


 掌に乗せられた鍵に驚いて、紗奈は麻美を見上げる。


「いいのよ。ゼリーを持ってお見舞いに行ってあげたら? 喜ぶよ。きっと」


 最初から悠に食べてもらいたいと思っていたし、その予定はあった。麻美が優しい顔で笑ってくれるから、紗奈はこくりと頷く。


「すぐ返しに来ます……」

「うん! 待ってるわ」


 紗奈はゼリーと、お弁当に使っていた保冷剤を包みに一緒に包んで、大事に仕舞った。悠の事を考えながら、(食べてくれますように)と祈りながら……。

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