憂鬱な梅雨の季節

第105話 梅雨入りと衣替え

 紗奈はいつも通り、義人から貰ったお気に入りのカチューシャをつけて、悠から貰ったネックレスを身につける。そして…半袖シャツにリボンをキッチリと締め、普段より少しだけ短くて薄いチェックのスカートを履く。靴下も短めだ。


「おはよ!」

「おはよう。今日から夏服なんだね」

「うん! 似合う?」


 くるっと一回転した紗奈のスカートが、花びらのようにひらりと舞う。


「似合うわよ」

「ねーね、可愛いっ!」

「ふふ。ありがとう」


 義人をキュッと抱きしめてお礼を言うと、「きゃあ」と嬉しそうな声をあげて笑ってくれた。


「紗奈。傘も忘れちゃ駄目よ? あなたのお気に入りの可愛いの」

「はーい!」


 梅雨に入ったので、最近は雨模様が続いている。由美が出してくれたお気に入りの、パステルカラーで水玉模様の折り畳み傘を鞄にしまって、紗奈はテーブルについた。


「いただきます!」


 食事を終えると、紗奈はすぐにマンションの部屋を後にした。エントランスでは、既に菖蒲がソファに座って待っている。


 菖蒲は紗奈に気がつくと、ゆったりと立ち上がって、紗奈を出迎えてくれた。


「おはよー」

「おはよう。ジメジメしてやだねえ」

「な。お前、この時期になると、毎年髪の毛ごわごわになるよなー」

「うん。今日はカチューシャだけど、明日から暫くはポニテかも」


 梅雨の時期は、いつもはふわふわな紗奈の髪の毛が、ごわごわに広がる。


 せっかく可愛いカチューシャを弟から貰ったし、悠が好きだと言ってくれた髪型なのだが、仕方が無いので明日からは髪をまとめる事に決めた。


 駅に着くと、あおいも髪を縛っていた。新鮮な気持ちになったので、紗奈はキラキラとあおいを見つめる。


「珍しいね!」

「うん。今日はちょっと寝癖が直らなくて」


 あおいは、ちょいっと縛っている自分の髪を指で軽く突き、苦笑する。


「いいよね。男の子って」


 チラっと二人の男子を見ると、悠の方がどんよりとした空気で笑った。


「そう見える? 俺、梅雨の時期は体調崩しやすいから、大嫌い」

「悠くん、もしかして髪もいつもよりしんなりしてる?」


 なんとなく、髪がペチャっとしているように見えた。流石は彼女と言うべきか、紗奈の言う通りで、悠の髪はいつもよりも潰れているのだ。


「してる。紗奈はいつも以上にふわふわだね」

「ふわふわって言うか、ごわごわだよ。明日からは私も縛らなきゃ」

「この時期は大変だよね……。白鳥くんはいいなあ……?」


 三対一になってしまったので、菖蒲は居心地悪そうに視線を右往左往させて、最後には笑って誤魔化した。


。。。


 学校に着いてからも、教室では梅雨の話と夏服の話でいっぱいだった。


「北川ー!」

「はい?」

「ちょっとバンザイしてみてよ」


 そう言った男子生徒の顔がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべているから、紗奈はムッとする。


「それ知ってるよ! 中学の時もされたもん。えっち!」


 夏服で腕を上げると、チラッと脇が見える。中学時代なら、セーラー服の袖がかなり短かったせいか、ブラのサイド部分まで見えていた。


 紗奈は中学生の時に、それで男子生徒にからかわれた記憶がバッチリ残っている。


「本当、男って馬鹿な事ばっかり考えるよな!」

「高校生にもなって、サイテー……」

「幼稚……」


 千恵美や美桜に加えて、菖蒲も春馬も味方をしてくれる。紗奈は幾分か安心だった。


「後で真人おじさんに報告だな」

「それって紗奈ちゃんのお父さん?」

「うん。うちのお父さん、菖蒲くんともたまーにチャットでやり取りしてるよね。」

「真人おじさんって過保護だから。いちいち報告しないと怒られる……」


 菖蒲はそう言うと、どんよりと肩を落とした。たまに真人の圧が怖い時があるので、真人の事は好きだが苦手意識も多少あるようだった。


「そうだったんだ」


 真人は悠ともよくやり取りをしているようだが、そういった理由があったとは知らなかった。守ってもらえているんだな。と、紗奈は嬉しそうにする。


「紗奈ちゃん程可愛かったら、過保護にもなるよねえ」


 美桜はそう言って苦笑した。自分だったら絶対にそんなこと言われない。と。


「だからあんなに生意気に育ったのよ。きっと」


 ふと、離れた席からそんな声が聞こえてきた。


「桐斗くんが誘っても素っ気ないし……」

「ちょっと可愛いからって調子に乗ってるよね」

「自分は男に好かれて当たり前って思ってるんじゃない?」


 そう言っているのは、桐斗に対して積極的に取り巻いている女子生徒達。千恵美達のように悪口を言わない人だって、関わるのが怖いのか遠巻きにしている。菖蒲がムスッと不機嫌になった。


「お前ら、顔もブスなら性格もブスだな」

「はぁ!?」

「あんたに言われたくないんですけど!」

「あんただって相手にされてないくせに!」


 菖蒲の言葉に反発するように、女子達は大きな声で反論してきた。それに対して、菖蒲も少し大きな声で言い争う。


「あ? 幼なじみと恋愛なんかするか! 紗奈は俺の家族みたいなもんなんだよ!」

「ワンチャン狙ってるくせに!」


 菖蒲の気持ちが分かるのか、春馬が冷静に怒りを顕にした。


「低俗……。俺も、チエと美桜の悪口言われたらキレる。それと一緒」


 ギャーギャー騒いでいると、入ってきた先生に叱られてしまった。


「菖蒲くん、春馬くん……ごめんね」


 ホームルームが終わってすぐ、紗奈は下がり眉を作って二人に謝った。悪口を言われたのは自分なのに、紗奈は慌てるだけで何も言えなかった。菖蒲と春馬を巻き込んでしまった。としょんぼりする。


「紗奈ちゃんのせいじゃないよ」

「アイツらが悪いんじゃん」


 みんなは優しい言葉をかけてくれるが、紗奈は責任を感じてしまい、やはりしょんぼりと落ち込んだ。


「私、他の子達とも仲良くなれたらいいんだけどなあ……」

「紗奈ちゃんにはうちらがいるし!」

「いつかきっと、紗奈ちゃんが素敵な人だってみんな分かってくれるよ……」

「うん。ありがとう……」


 みんながそう言ってくれるから、紗奈は少しだけ元気を取り戻し、小さな笑みを返した。

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