第94話 贈り物の相談
『義人と買い物? いいけど』
真人に、今日した義人とのやり取りをチャットで報告したところ、快く了承してくれた。
『近いし、ショッピングモールに行こうと思うんですけど』
『うん、いいと思う。義人をよろしく』
『はい。時間は一時頃に、マンションの前まで迎えに行きます』
『わかった。一時に下に行かせればいいんだね』
『はい。よろしくお願いします』
真人とのやり取りを終えた後、悠は「ふうっ」と息をつく。そして机の上に出しっぱなしになっているメモ書きを見た。そこには、紗奈へのプレゼント候補が書いてある。
何をプレゼントするかは、まだ決まっていない。制服をきちっと着ているから見えないが、贈ったネックレスは毎日学校にも付けてきてくれているようだった。(またアクセサリーを贈るのもなあ)と、メモを眺めつつ悠は考え込む。
「悠」
ふいに扉がノックされたので、悠は一旦メモを置いてドアを開けた。そこにいたのは、母親の真陽だった。
「ご飯?」
「あ、それもなんだけどさ。私暫く引きこもる予定だから、家の事よろしく。あと、話しかけないで」
作家の木村真昼には、そういう時がたまにある。小説を書くことに集中したくて、部屋に完全に引きこもるのだ。不必要に声をかけると、ものすごく叱られるため、いつもはラブラブな夫婦なのに、将司が全く真陽に関わろうとしなくなる。それは悠も同じだ。だから声をかけることは無いだろう。
「わかった。最近快調だったのにね」
「ふふ。恋愛ものの方は書いてるのよ。他がちょっとね。進まなくて」
「恋愛ものって、殆ど俺らのネタだろ」
「そうよ。ネタがあったらどんどん話してちょうだい。ネタに限り声をかけてもよし!」
ネタでは無いが、せっかく目の前に女性がいるのだから、貰って嬉しいプレゼントを聞いてみよう。と悠は口を開く。
「紗奈への誕生日プレゼントに悩んでるんだけど」
「あら! そういう話は大好物!」
やつれた顔に少しだけ生気が戻る。
「知ってる……じゃなくて、ネックレスはホワイトデーの時に贈ったし、紗奈って香水とかコスメとか使ってないみたいだし。本関連は母さんのグッズ、結構あげちゃってるし。何にしようかなーって」
「…指輪?」
その回答に、悠は驚き焦る。
「ば、は、早いでしょ。指輪とか……」
真陽が提案したのは、単なるアクセサリーとしての指輪なのだが、悠が想像したのは、左手の薬指に付けるあの指輪。
「やだ。別に婚約とか結婚とか言ってないわよ?」
「う。……想像するじゃん。ばか」
悠は頬を染めると、拗ねるように唇を尖らせた。
「親に向かってばかとは何よ。…あとはそうね、悠はセンスもあるし、お財布とかバッグとかいいんじゃない? 後は手紙」
「手紙?」
「好きな人からの手紙を喜ばない女はいないわ。男ってそういうマメなこと、なかなかしてくれないじゃない」
(手紙か……)
悠はなんとなく、手紙が一番喜ばれそうな気がした。
「ありがと。考えとく」
悠は真陽にお礼を伝えると、そのままの足でダイニングに向かう。真陽はさっき言った通り引きこもる予定なので、自分の部屋に戻れば暫くは出てこない。
「父さんはさ」
「ん?」
ご飯を用意して悠を待っていた将司に、悠は座りながら声をかけた。
「母さんへのプレゼントってどうしてる?」
「プレゼントか。母さんは基本的に、本関連の物を渡すと喜ばれる。後は花とか」
「花かー……」
この前の自然公園で、紗奈も綺麗な花に興奮していた。花を贈るのも悪くは無いと、悠は思う。
ただ、紗奈の部屋に入ったことは無いので、既に花を置いている可能性もある。置く場所が無いかもしれない。と悩んでしまった。
「紗奈ちゃんに?」
「もうすぐ誕生日なんだ」
「いいねえ。青春だ」
ニヤニヤと、紗奈との関係をからかわれるのもとっくの昔に慣れている。悠は少し照れた顔はしたが、過剰な反応はせずに無視を決め込んだ。
「悠」
「何?」
「紗奈ちゃんなら、悠の選んだ物ならなんだって大切にしてくれる」
それは当然、悠も知っている。紗奈は、たとえ道端の花ですら、悠から贈られたものならば喜んでくれるのだろう。
「うん」
「そんなに気負わず、直感で選びな。紗奈ちゃんをよく知っているのは悠なんだから」
「ありがとう」
「日曜日は父さんも出かけるし? 真陽は部屋から出てこないし? 二人っきりで楽しんで!」
やっぱり最後はからかうのか。と悠は軽く拗ねた顔をした。
「だからっていやらしい事はするんじゃないぞ?」
「わかってる」
いやらしいのは将司の顔だ。流石に父親にそんな事は言わないが、悠は心の中でそう思う。
そもそも、キスだってまだきちんとはしていないのに。それ以上のことなんてもっと先の話だった。
「寝室に花でも置いておく?」
「置かない。てか、まだ入れてすらいないから!」
悠は父からのからかい攻撃に苛立ちを覚え、ご飯をかき込むとそのまま逃げるように部屋へと戻って行った。
「あーもー……顔熱」
悠はそう呟くと、ベッドに体を預ける。紗奈が家に来ない日は、常に寝室までのドアは開きっぱなしだ。なので、悠はふらふらと吸い込まれるように寝室に入って、ベッドの上に突っ伏した。
(まずはキスなんだよなぁ……)
自分の唇に軽く手を添えて、体育祭の日の事を思い出す。悠は、紗奈の惚けた顔を思い浮かべながら、そのままゆっくりと目を閉じた。
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