紗奈の誕生日
第93話 義人の家族
いつも通り、悠が紗奈をマンション前まで送り届けたその帰り道にて、悠は公園で遊んでいた義人に声をかけられたので、公園に立ち寄った。
「ゆーくんっ!」
「ん? ああ、義人。友達と遊んでたの? もうすぐ五時だから帰んな」
義人の頭をくりくりと撫でると、嬉しそうにはにかんでくれる。その表情は紗奈そっくりで流石は姉弟だった。
「義人ー。誰ー?」
「ゆーくんはねーねの彼氏っ!」
一緒に遊んでいたのは、男の子と女の子が一人ずつ。女の子は活発な性格をしているようで、鼻に泥をつけていたのだが、女の子は女の子。「彼氏」と言う言葉に反応して、目を輝かせている。
「お姉さんの彼氏っ!?」
「うん。ねーねはいつもゆーくんのお話する」
それを聞いて、悠は少しだけ頬を染めた。いつも話してくれているのか。と思うと、照れくさくも、嬉しくもある。
「彼氏だなんて大人ー!」
「へー……。彼氏ってあれだろ? チューとかすんだろ?」
「チュー? ねーね、たまに僕のほっぺたチューってするよ。僕もねーねの彼氏?」
「ぶふっ……」
こてっと首を傾げている義人が可愛らしくて、悠は思わず吹き出してしまった。
「義人は紗奈の弟だろ? 家族だって大好きのチューくらいするもんだよ」
流石にもう無いが、悠も小さい頃はよく母と父にされていた。悠は小さい頃を思い出して、義人を甘やかしてやりたくなる。
義人は、甘やかしたいという衝動に駆られた悠に、急に肩車をされて、「きゃー!」と笑った。
「義人はまだお子ちゃまよねえ。恋人と家族のキスは全然違うのよ?」
「そうなの?」
女の子は男の子より成長が早いと言うが、この子は小学一年生にしては随分とませているようだ。
「そうよー。女の子はいつか彼氏と結婚して、新しい家族を作るんだから」
「え……」
義人は一瞬固まって、悠の髪の毛をキュッと握る。
「ちょ。義人…痛い」
「ゆーくん、ねーねのこと取っちゃうの?」
「え?」
うるうると瞳を潤ませて、義人はそのまま悠の髪を引っ張った。
「ねーねのこと取っちゃやだー! ゆーくん、悪い奴!」
痛みに軽く顔が引つるが、義人の気持ちがわからないでもない悠は、少しの間好きにさせてやる。
「もー。本当にお子ちゃまなんだから」
「義人みたいな奴、シスコンって言うんだろ?」
どこからそんな言葉を覚えてくるんだ。と、悠は思わず呆れ顔になってしまう。
そして、義人が疲れて暴れる手を止めたので、悠はしゃがんだ。
「義人」
肩から義人を降ろし、今度は前に抱いて、もう一度立ち上がる。
「義人のねーねは、結婚してもずーっと義人のねーねだよ。取ったりしない」
「本当?」
義人はピタッと泣き止んで、悠を見つめる。
「そうだよ。義人だって、じいちゃんとよく遊んでもらってるだろ?」
「じーじと遊んでる!」
「義人のお母さんとお父さんは、結婚して家族を作ったけど、おじいちゃんだって家族だよな? だから、ねーねもずーっとお前の家族だよ」
ぽんぽんと撫でると、心地よさそうに頭を横に振る。そういう仕草も紗奈に似ていた。
「そーよ。義人。ゆーくんが義人のお兄さんになるのよ?」
「ゆーくん、にーに?」
「え? あー……」
子どもたちはじーっと悠を見つめてきた。
「そりゃあ、紗奈と結婚したら……義人の
悠は子どもの純粋な眼差しにたじろいで、小さな声で呟く。小声なのは、言葉にするのが少し恥ずかしかったからだ。
「じゃあ、にーに。遊ぼ?」
「え? いや、もう遅い時間だから帰りなさい」
話していたら五時になっていた。悠は義人を降ろしてやると、またくりくりと頭を撫でる。
「君らも帰んな。家、近い?」
「俺ら向こう」
「途中まで送ってやるから。義人はマンション前までな」
「お兄さん素敵ねえ」
「僕のにーにだよ?」
「まだお前の兄ちゃんじゃねえけどな」
他所の子どもがませているのか、義人が子どもなのかは分からないが、出来るならこのまま素直に育って欲しいものだ。と悠は思った。
「にーに、今度遊ぼ?」
「ん。今度な」
「じゃあ……土曜日」
「え?」
また急だな。と思ったけれど、お互いが休みの日なら、その曜日にも納得だった。
「ねーね、日曜日が誕生日なんだよ? 僕お小遣いあるの」
もじもじとしている様子も紗奈に似ている。悠はそう思って、くすっと笑うと、義人を軽く撫でてやった。
「買い物? 一緒にしようか」
「する!」
義人は嬉しそうに、撫でてもらった頭を押さえた。
「ふふ。義人のお父さんに話しとく」
「絶対だよ! バイバイ!」
義人はそのままマンションの中へ駆けて行く。
「前向け! 危ないから!」
悠はそう返したあと、残りの二人を家の近くまで送ってあげた。
「へえ。
「うん! 私と零の家、隣なのよ」
「じゃあ、前からよく遊んでたんだな」
「そー! もう小学生なのに、危ないから零くんと一緒に帰んなさいね。って!」
「めんどくせーよな」
仲が悪いわけでは無さそうだが、少々不満げだ。小学生は大人だとでも言いたげである。しかし、世の中物騒なことも多いし、小学生なんてまだまだ子どもだ。
それは、二人くらいの年齢の時には既に社会に出て、子役として働いていた悠だからよく分かる。まだまだ親の保護が必要な年齢なのだ。
「危ないのは本当だからね。お父さんとお母さんは心配してるんだよ」
「でも、小学校近いぜ?」
「公園も近いよ」
「それでも、大好きな子ども達が心配なの!」
無事に送り届けた時には、すっかり悠は懐かれて、「ゆーくん、バイバイ!」なんて手を振られた。
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