第92話 ご褒美の行方
体育祭が終わって、菖蒲が気を利かせたのかなんなのか、一緒に帰る約束をしていたと言うのに「寄り道をするから」と言って、いなくなってしまった。
それに便乗したあおいも、途中で「お買い物をしたいから」と言っていなくなってしまったので、今日も、悠と紗奈は二人きりで手を繋いで帰っている。
「痛くない?」
「うん。痛くないよ」
「そっか。良かった」
悠が足の怪我を気遣ってゆっくりと歩いてくれているし、湿布を貼っているおかげか、歩くくらいならどうってこと無かった。
「それにしても、酷いよね! 悠くんがすっごく頑張ったって言うのに、必死すぎてかっこ悪いだなんて……誰だったっけ?」
ぷくっと紗奈は頬を膨らませて憤っている。
チームメイト達は、ヤキモチの視線は送ってくるものの、ずっと「凄い」と褒めてくれていた。たまにからかわれたが、嫌な視線や態度ではなかったので、むしろ温かいとすら感じた。
しかし、同じ赤組のチームだと言うのに、別の種目に出ていた人達には散々な言われようだった。
「多分、山寺といる奴ら」
散々文句をつけてきた人達の一部を、悠は知っている。廊下で桐斗を取り巻いている姿を見かけたことがあったのだ。
そういえば、部活動紹介の時に目が合ったのも、悠に散々文句を言ってきた生徒だった。と悠は思い出す。
「それだけ必死になってくれたのが嬉しいし、かっこいいのになあ……」
紗奈は膨らませていた頬をしぼめて、すぐにしゅんと肩を落とす。
「私も頑張りたかったんだけど……駄目だったや」
「紗奈が頑張ってたから、俺も必死になれたんだけどな。一位になれたし」
とはいえ、その後の種目で総合優勝は逃している。それでも、徒競走リレーで好成績を残せたので、悠は満足だった。
最後の表彰の時に、三百メートルを全力で走り切った悠は努力賞も貰ったし、自分自身でも頑張ったと思う。
「悔しかったなあ。私が走りたかったのに」
「紗奈、練習前はあんなに嫌がってたのに。それだけ頑張ったんだな」
落ち込む紗奈を慰めるように、悠は優しく励ました。繋いでいる手を一度離して、頭を撫でてくれる。そしてそのまま、悠は紗奈の肩を支えるようにして歩いた。
「あのね、四組の人が抜かせるようになって、ちょっと楽しくなってきてたのもあるんだけど、悠くんが頑張ってくれてるから、私も頑張って活躍したかったし。それに……やっぱりご褒美貰いたかったの」
純粋な気持ちで言ったのだろう。しかし、悠はドキリとして、紗奈の唇に視線を奪われる。
「そんなにしたかった?」
「え?」
「き、キス……」
肩に触れている手が熱くなってくる。唇も微かに震えている。ドキドキと胸が高鳴って、紗奈を直視できなくなってしまった。
紗奈にも悠の照れが移って、ドキドキと胸が高鳴っている。しかし、紗奈は正直に今の気持ちを伝えた。
「したいよ……。だ、だって、付き合ったの去年の十二月なんだよ? もう、五月も終わるんだよ……?」
付き合ってもうすぐ半年になるのに、進展がない。と、紗奈はしゅんと照れくさそうな表情を浮かべたままに、落ち込んだ。
「……さ、紗奈。ちょっと」
悠は紗奈の住むマンションにつくと、郵便受けの死角になっているところに紗奈を連れ込んだ。
そして、紗奈のほっぺたにキスを落とす。
「……ほ、ほっぺ?」
紗奈は呆気に取られて、最初は現実感が湧かなかった。しかし、頬にキスをされたことに気がつくと、悠を物欲しそうに見つめる。
その視線に気づいた悠が、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「つ……続きは次のデートの時ね! 俺ん家、来るんでしょ!?」
六月の初めには紗奈の誕生日がある。誕生日の日に、悠は紗奈を家に呼んでいた。
その時に、もしかしたら続きをしてくれるかもしれない。そう思った紗奈は頬を染め、その頬を両手で包む。ニマニマと嬉しそうな表情が抑えられなくて、紗奈の方に視線を戻した悠が、また顔を赤くしていた。
「だから、今日は我慢してね」
と言ってから、悠は紗奈を連れてエレベーターに向かう。普段はエントランスで別れるのだが、今日は紗奈が足を怪我しているため、玄関まで送り届けた。
家にいた由美にも怪我を伝えたところ、そばにいた義人が悲しそうに紗奈の足を撫でて、悠を見上げてくる。
「ゆーくん。ねーね、お怪我したの?」
「そうだね。だから、今日は義人。ねーねに優しくしてあげるんだぞ」
「うん」
うるうると瞳を潤ませて、義人は紗奈の足にピトっとくっつく。
姉弟仲の良さを見せつけられて、悠は微笑ましげに笑った。
「あら。義人と悠くん、本当に兄弟みたいねえ」
と、今度は由美が悠達を微笑ましげに見つめる。
「これなら、将来『
なんて笑顔で言うものだから、悠も紗奈も顔を真っ赤にしてしまうのだった。
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