第48話 心が溶ける
昼間にもいた、公園から少し離れた海の近くは、今の時間帯も人が少ないままだった。紗奈は無言で隣を歩く悠に、恐る恐る声をかける。
「あ、あの……」
「驚かせてごめん。でも、嘘はついてない」
「え……」
「俺は北川さんが好きだ」
階段から少し離れた、もっと人気のない散歩道の壁際に紗奈を追いやると、悠はコツンと額を合わせてくる。
距離が近いのと、急な告白に紗奈はあわあわと口を開けたまま動かない。紗奈の反応が可愛らしいので、悠は思わず吹き出した。
「ふっ……ふふふ。驚きすぎじゃない? 全然気づいてなかった訳じゃないでしょ」
「わ、わかんないよ……っ! 悠くんは優しい人だからっ。今日誘ってくれたのも、義理とかそう言う……」
少しは期待したけど。と本音を言うのは恥ずかしくて、紗奈はしどろもどろに誤魔化した。
「そんな訳ないでしょ」
少しだけ唇を尖らせて、不満げにそう言うと、悠は紗奈の手を取って歩き出す。
イルミネーションからは少し離れた、海の見える散歩道を歩く。この時間、やはり他の人達はイルミネーションに夢中なのか、通る人は本当に散歩をしているか、ランニングをしているか。の二択が多い。
「北川さんが好きだよ」
「あぅ……」
「だから、両思い」
「う、うん……」
「ねえ、さっき聞きたかったこと、聞いてもいい?」
「え?」
「北川さんは、俺のどこを好きになったの?」
悠は立ち止まり、真剣な眼差しで紗奈を見つめる。手を繋いでいる紗奈は、当然そのまま立ち止まって、同じく悠を見つめた。
「さっき全部言っちゃったよ。ぶっきらぼうなところもあって、でも優しくて…頼りにもなって。私、実は面食いだから悠くんの綺麗なお顔も好き。ごめんね。隠したがってるの、分かってるんだけど……」
「いや、正直な方が助かるよ」
悠が少しだけ悲しげに瞳を伏せるので、紗奈はギュッと掴んでいる手を両手で握りしめ、悠を見上げる。
「でも、お顔はただのきっかけ」
「ん?」
「最初、凄く綺麗だなあって思って、ドキドキしたりしたけど、仲良くなってからは、そんなのどうでも良くなって。あ、今もかっこいい悠くんの顔は好きだよ? でも……悠くんが紳士な人じゃなかったら、多分仲良くなるのはもういいや…ってなってた。」
「……」
紗奈が本気で言っているのが伝わるから、悠の緊張は少しずつ解けていく。疑ってしまっていた心が溶けていくようだった。
「こんなに好きになったのは、悠くんがお顔だけじゃなくて、中身もかっこよくて、優しい。童話に出てくる王子様みたいな人だからなの」
そう言って無邪気に笑った紗奈は、純粋だった。ちょっぴり照れくさそうに染まる頬に、悠は空いた片方の手で触れる。
「悠くん……?」
「中身が好きって、他人に言われたことないなあ…………」
やばい。と思っていても、悠は泣きそうになってしまう。紗奈の前で泣いてしまうのは恥ずかしいから、子役時代の演技力で何とか誤魔化した。
「それは見る目がないんだよ。みんな、悠くんが顔を隠して地味にしてるからって、からかったりするんだもん。そういう人は顔がどれだけ良くても大っ嫌い!」
「ふふ。俺よりかっこいいかもよ?」
冗談めかしてそう言うと、紗奈は少しだけムッとした表情をする。
「イケメンさんでも、意地悪な人はかっこ悪いのよ? 悠くん、知らないの?」
ぷくっと頬を膨らませて、紗奈はハッキリとそう言った。
菖蒲の言った通りだった。紗奈の本心を聞けば、なんであんなにうじうじしていたのか分からなくなる。ばかばかしい。と悠は笑みを深めた。くしゃっと子どもらしく笑ったのは、初めてかもしれない。
「本当……俺、北川さんが大好きだなあ」
悠が今まで見たことの無いような、蕩けそうな表情でそんなことを言うから、紗奈は一気にカーッと真っ赤になって、冬なのに沸騰しそうなくらい、熱くなる。
「急にそーゆーのは、ずるい!」
「こんなに俺を惚れさせた北川さんが悪いんだよ」
「き、北川さんって言うのも嫌。さっきは紗奈って名前で呼んでくれたのに」
紗奈がまた拗ねてしまうので、悠はくすくすと笑って名前を呼ぶ。
「紗奈」
紗奈は名前を呼ばれて嬉しそうにしているのに、からかいすぎたせいか強がってしまって、拗ねた顔を無理やり作っている。それもまた可愛らしいと思ってしまうのは、相手が好意を寄せる女の子なのだから仕方がないだろう。
「紗奈。機嫌直してよ」
「……や」
「紗奈? ……好きだよ。紗奈」
「ーーっ! ずるいってば……」
耳元で囁いてみれば、夜でも分かるくらい紗奈の顔が真っ赤に染まる。正直、悠の方も演技が崩れるくらいには大変だった。
「そんな可愛い顔する方もずるいと思うけどな」
と照れくさそうに眉を寄せて、悠は呟く。
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