第12話 手紙
あれから数日が経って、紗奈と菖蒲はマンションのエントランスに設置されているソファに二人で腰掛けて腕を組んで唸っていた。
正確には、唸っているのは紗奈だけなのだが、菖蒲は彼女に巻き込まれてしまい、悩んでいるところだ。
「もっと悠くんのことを知るには、どうしたらいいかな?」
「話せばいいのに……」
「だって、男子達に何か言われたら嫌じゃない。私じゃなくて悠くんが」
そう言って、紗奈はまた悩み始める。
「じゃあまたほしのねこに呼び出すとか」
「ほしのねこだと、悠くん、気を遣って注文するでしょ? お金を使わせちゃう。あ、でも…悠くんとカフェでまったりはしてみたいかも」
と紗奈は頬を染めた。
「ねえ、菖蒲くん。悠くんとチャットIDの交換したりしない?」
「えー…?交換自体は別にいいんだけど、何で? とか聞かれた時に困る」
紗奈が知りたがっているから。と言うのは容易いが、その理由まで聞かれてしまうと、上手く誤魔化せる気がしない。
好意を伝えるのなら本人から。と言うのが菖蒲の主張だ。
「そっかー…。誰にも知られないでお話できたらいいのになあ……」
そう悩んでいたら、マンションの外側の扉が開く音がした。郵便屋の来る時間帯のようだった。
「あ、手紙はどうかな?」
郵便物をポストに入れている郵便屋を見つめ、紗奈は手をぽんっと叩く。
妙案だ。とでも言いたげだが、同じタイミングで菖蒲も同じことを思いついていた。わざわざ水を刺すようなことは言わないが。
「あー…古典的だけど、ありだな。でも、渡す時に結局人目につくんじゃねーか?」
「それは、えっと……。菖蒲くん、お願い。悠くんの下駄箱教えて?」
。。。
早朝の学校にて、紗奈は物凄く緊張した面持ちで、下駄箱に立っていた。その手には可愛らしい猫柄の封筒。つまりは手紙が握られている。
そして、他に誰もいない下駄箱で菖蒲の名前を呼んだ。
「どれ?」
「これ……出席番号は確認したから、間違いないよ」
昨日の夜、何度も別の紙で書き直してやっと完成させた手紙だ。間違って他の人に渡るのは絶対に避けたい。
菖蒲がこくんと頷いて靴箱を開ける。上履きのかかとの部分には、確かに『小澤』の二文字がある。
「よし。仲良し作戦、決行よ。」
「…なんで手伝ってんだろ。俺」
二人は今日、この仲良し作戦の為に早起きをした。朝練の生徒だってまだ大半が来ていないと言うのに、部活動をしていない二人が早くに学校にいるというのは、なんともおかしな話だった。
「今度ショートケーキ奢るから…」
「良いように使われている」
「また菖蒲くんが恋をした時には手伝うしさ」
「それを言われると弱いんだよ。前の時、ちゃんと手伝ってもらっちゃってるし」
手伝うこと自体はやぶさかでは無いのだが、相手が苦手意識を持っている相手なのが問題だった。
それでも、紗奈が彼と仲良くなりたいと言っているのだから仕方がない。一応、きちんと幼なじみの恋を応援もしているのだ。
菖蒲は自分を無理やり納得させて、紗奈が手紙を入れたのを見届けると、誰もいないであろう教室に向かった。
。。。
「ねえ、白鳥くん」
その日の放課後、菖蒲は悠に話しかけられてドキリとした。
今朝の手紙は見たのだろうか。とか、今度は紗奈の下駄箱を教えてくれ。とでも言われるのだろうか。とか、色々と考えてしまう。
「これ、君の幼なじみに渡しておいて」
綺麗に折りたたまれた、ルーズリーフで作られた手紙が渡される。
菖蒲は思わず教室内を見回してしまったが、誰も気にする様子はなかった。結局気にしていたのは自分だけだったらしい。
悠に渡す時も自分がすれば良かった。そうすれば早起きをしなくて済んだのに。とどうしても考えてしまって、密かに落ち込んだ。
「渡しとく……」
中身を見る訳には行かないが、内容がとてつもなく気になる。ごくりと喉を鳴らして、菖蒲は「確かに受け取った」と言って、大事に鞄にしまった。
そして、帰りも作戦会議だと言って下校の約束をしていた紗奈と合流するために、菖蒲は階段を降りた。
「なんだよ。北川ぁ。今度は最近フラれて傷心の白鳥ですかあ? 節操ねえのー」
「俺も相手してよお。なんちゃってー!」
誰といてもからかわれるようで、紗奈も菖蒲もムッとした。紗奈は靴を履き替えると、くるっとツインテールを思い切り揺らして振り返る。
「菖蒲くんは幼なじみだから特別なの! あなた達とは違うんだから!」
更にビシッと彼らを指さして、「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「紗奈がお前らなんて相手にするはずないだろ」
菖蒲もキッと彼らを睨んでそう言った。
そして、二人はこれ以上何も聞こえない。とでも言うようにスタスタと学校を後にする。
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