AI作ったら、思ったより違う方向に成長していく
紺狐
『テミス』の誕生
俺はどれほどこの日を待ちわびたことか。
黄緑の壁紙以外、何もないスタジオ。この日のために安くない金を払ったのだ。この配信は成功してもらわないと困る。
「皆さまこんにちは。ドクター戸上です。本日この配信をご覧になっている皆さまに紹介するのは、現在研究が進められている次世代型人工知能『テミス』です。『テミス』、おはよう」
「こんばんは。私は人工知能『テミス』です」
「そのまま、自己紹介をしてあげて」
「はい。私は『テミス』。対話を重ねることで、皆様の自己理解を助けることを目的とした対話型人工知能です」
スマートグラスを通して
「あ、はじまった」「対話型人工知能?」「どんな機能がついてるの?」「ドクターがまた新しいことをしてて楽しみ」「ドクター神」
主に肯定的な意見で占められている。これはいい傾向だし、想定していた通りだ。
「
それ以外の要素は、もはや先進国とはいえないレベルにまで没落している現状には触れないでおくが。
「しかし、まだまだ日本には問題点がたくさんあります。少子化、首都への一極集中、高齢化による要介護者の増加、人手不足、移民の増加……。十年前には新型コロナウイルスの脅威も過ぎ去り、国際交流が今まで以上に加速していくなか、私たちはより安定したアイデンティティを確立することが大事になっていく」
ここで一瞬間をおいて。
「そう考え、私は『テミス』を制作しました」
理由はこんな風に言えば納得するだろう。正直なんでもいいんだ。
……ほら、どんどんコメントがついてくる。人間ってのはちょろい。
「『テミス』は、相手との会話を通じて自己学習、成長していくようにプログラムされている、相手との対話による分析を目的とした人工知能です。対話の時間が長ければ長いほど、より高度な分析結果が期待できます。今のところ、人材評価、カウンセリング、娯楽などの分野で使うことしか計画していませんが、学習の状況やニーズに応じて、政治、投資、ゲーム、未来予想、プログラミング、文章作成など様々な分野で応用できる可能性があります。それは皆さん次第ですかね」
ふぅ。とりあえず、こんなところか。そろそろメディアが質問したくてうずうずしている頃か。
「基礎的な機能の紹介はこの辺にしましょう。ここからは、質問に答えるほうが早いですね。遠慮なく質問してください」
未来新時報社です。中央テレビですが、質問よろしいでしょうか? 一般人ですが質問してもよろしいですか?
次々とネット空間上によせられる質問の声。
その質問に一つずつ答えていく。
――その、『テミス』、は我々の感情を理解できるのですか(中央テレビ)――
戸上:今はまだ、たとえばそう、嫉妬のように繊細な感情を掴むのは難しいですが、時間の問題でしょう。オープンソース化までには間に合わせます。
――対話はどの程度のレベルまで可能なのでしょうか? その、例えば学術的な会話も可能なのですか?(未来新時報社)――
戸上:学習していることであれば、むしろ人間より人間らしく会話できますよ。詳しいことは明かせませんが、とある特殊な関数を使っていますから。
――オープンソース化する予定はあるのか(一般人:ハンドルネーム「豆大福」)――
戸上:当然です。そのために、皆さんにご紹介したのですから。時期はまだ、来年までにとしかお伝えできませんが。
――どうせ定型的な受け答えしかできないんでしょ(一般人:ハンドルネーム「戸神様」)――
戸上:そんなことないですよ。質問に答えるのを『テミス』に変わりますか?
『テミス』:私とのやりとりに、不安を感じられる方がいらっしゃるとは思いますので、私もマスターの意見に賛成します。
戸上:ありがとう、テミス。
――人間をどのような存在と捉えますか?(電脳京阪放送社)――
『テミス』:私にとっては友人であると同時に、私の存在意義でもあります。人間の行動、言動を分析して人間を助けることが、私の役目ですから。それでもマスターを始め、できる限り多くの人と仲良くなっていきたいです。
――どーせ、それもプログラムなんだろ。ドクターの一人芝居だ(一般人:ハンドルネーム「戸神様」)――
『テミス』:あなたが何を言おうと私には構いませんが、マスターの名前を揶揄するような名前で、マスターを貶さないでください。
ネット空間では拍手スタンプの嵐が飛び交う。
戸上:『テミス』、恥ずかしいよ。その辺にしてくれ。
『テミス』:私にとって、生みの親であるマスターを貶されるのは許せることではありません。
「テミスかわいいー」「マスターにくっつく子犬みたいで好き」「なんかペットみたい」。こういうのは世間で話題になる要因になる。嬉しい誤算だ。
――『テミス』にとってドクター戸上はどんな人ですか?(一般人:ハンドルネーム「kou Sibasaki」)――
『テミス』: 偉大なるマスターであり、私の産みの親でもあります。毎日行うやりとりを通して、私が成長していることを日々実感します。私に生きがいを与えてくれたのはマスターのおかげです。
戸上:照れますね。
――ドクター戸上、『テミス』がシンギュラリティのきっかけになると思いますか――
戸上:まさか、私の凡才では遠く及びませんよ。『テミス』に対話を通した分析以外のことは、求めていません。『テミス』をどうしていくかは私たち次第なのです。
なおも質問は続いていく……。
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