死ぬ前に生きる話

JS2K2X/

死ぬ前に生きる話

「私と一緒に生きてみませんか?」


 黒髪の彼女は、ホーム壁に貼られたボロボロの青空を背に、僕にそう問いかけた。ロングヘアの隙間から見えた、その目は死んでいた。


 20XX年のある日、突如として核戦争が勃発し、世界中のあらゆる都市という都市が一瞬のうちに消え去った。その理由がなんだったのか、どこかの独裁者がぶっ放したのか、隕石を誤認してミサイルを発射したのか。当初は生存者の間ではその話題で持ちきりだったが、1ヶ月もすると口に出すものすら消えてしまった。息絶えたのか、あるいは生きることで手一杯になったのか。もしくはその両方か。


 ともかく、世界は滅ぶ寸前にあることは皆わかっていた。無論、地下鉄駅に避難して半年の僕にだって、彼女にだって。


「生きてみませんかって……まだ死んでいないじゃないか」


 そうだ、『まだ』死んでいない。いずれ放射線にやられて死ぬ。ならば、1日でも長く生きよう、死人の肉を食ってでも。仮設シェルターの住人は全員同じ考えだった。そう、彼女を除いては。


 線路からプラットホームに上がった彼女を、「いいから戻ってパン食おうぜ」と僕は引き留めた。


 しかし、彼女は死んだ目に反して、僕よりも力があった。差し伸べた僕の右手を掴むと、そのままグイッと引き、僕をホーム上に引き上げた。


「ちょ……何を!?」


 戸惑いを見せた僕の質問を彼女は無視し、繋いだ手をそのままに階段をズンズンと上がっていった。改札を抜け、コンコースを抜け、ついには地上の入り口付近まで来てしまった。2人のガイガーカウンターが激しく音を鳴らす。


「死ぬ、死ぬって!」


 僕がそう言うと、彼女はやっと手を離し、ひとり駅の外に出て空気を胸いっぱいに吸った。内部被曝などお構いなしに、吸った。ただただ、放射線混じりの空気を吸った。そして……


「私と一緒に生きてみませんか?」


 彼女はそう呟いた。その目は生き生きとしていた。

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