虫夏気・ザ・インパクト

箱庭織紙

夏と言えば!!

「はぁ……」


 少年は、ため息をついた。

 蝉時雨が鳴り止まない夏の山。鬱蒼と生い茂る木の中の一つ、その目の前に少年は立っていた。Tシャツと短パンという典型的な夏の格好に加え、虫取り網と虫かごを持っている。木には樹液に群がる虫達、そして少年の手には一匹のカブトムシ。少年が虫取りをしていたことは、誰の目にも明らかだった。

 しかし、少年がため息をついたのは虫取りに関することではなく、少年の後ろに立っている人物について、だった。


「もう一回! もう一回だからさ! 今度やれば勝てそうな気がするんだよ!」


 少年と同じ虫かごを持ちパンクなファッションをした、軽い調子で喋る女が少年の後ろに立っていた。軽い調子……と言っても、少年を見下すような態度ではなく、その女の生来の性格故の喋り方のようだった。ニコニコと笑顔を見せているが、どこか少し焦っているようである。


「ね? 桐太もさ、アタシにいつまでも付き纏われて嫌だなーって思ってるかもだけどさ? あと一回だけやって、もし負けたらスッパリ諦めるから! お願い!!」


 少年……桐太は女の方を振り返り、胡散臭いものを見るような目付きで言葉を返す。


「あんた、そんなこと言って負けてもズルズルと引き延ばすじゃないですか、滞在期間。こっちは一人で遊んでた方が気が楽なんですよ。いい加減諦めてください、メルンさん」

「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 桐太に勝つまでアタシは帰りたくない!! うわあああああああ」


 メルンと呼ばれた女は突然草むらに寝転ぶと、駄々っ子のように手足をジタバタさせ始めた。虫かごにカブトムシをしまいながら、桐太はまたため息をつく。


「これじゃどっちが子供かわからないじゃないか……わかりました、あと一回だけ勝負を受けます。その代わり、負けたら大人しくこの村から出てってください」

「お、おおおおおお!? よっしゃよっしゃ!! じゃあさ、じゃあさ、早速切り株に行こ!!」


 桐太が了承した途端、メルンは息を吹き返したように飛び上がりイキイキとしだした。桐太は彼女のそんなところがあまり好きではないのか、顔を手に当てている。


「……まぁ、どうせ今回も俺の勝ちだろうけど。行きましょうか、切り株に」


 ― ― ― ― ―


 桐太達が先程いた場所から、五分程歩いた場所にその切り株はあった。切り株、と一言で言うはあまりにも大きすぎるそれを目の前に二人は立つ。


「いつ見ても大きいよね、この切り株。桐太が初めて山に入った時からあるんだっけ?」

「ですね。誰が切ったのか未だにわかってないらしいです……いや、そんなことはいいか。早速始めましょうか」


 桐太は、虫かごから先程取ったものとは違うカブトムシを取り出し、切り株におく。対するメルンは虫かごから、桐太が見たことがないクワガタムシを取り出した。


「なんですか、それ」

「淡白な反応だな〜。これはね、ギラファノコギリクワガタ。オークションで4000円ほどで落としたのだよ。どうじゃ! これが大人の力だ」

「大人の力と言うか、金に物を言わせて競り落としただけでしょ……まぁ、メルンさんがどんな虫を使おうが自由ですけど。じゃあ、アラームセットしますよ」

「オッケー、今日の私は一味違うからな〜?」


 桐太は懐からスマホを取り出し、十秒後にアラームをセットする。それを切り株の近くに置くと、ゆっくりとメルンを見据えた。


「では、これから十二回目の操虫闘技を始めます」

「バッチこい!」


 カウントダウンはゼロになり、勢いよくアラームが鳴る。


「「戦闘開始!」」


 二匹の虫は、お互いを目掛けて一斉に駆け出し始めた。


 ――操虫闘技。


 物々しい名前をしているが、平たく言えば虫相撲のことである。西暦20XX年、操虫闘技は世界的に大人気のスポーツとなっていた。女、咲場メルンは操虫闘技の第十二回世界チャンピオン。世界で一番操虫闘技が上手い人間、のはずだった。


 しかし一ヶ月前、たまの休暇にと訪れた田舎……の山中で、メルンは信じられないものを目にする。それは。


「あれ、アンタ。こんな山奥で一体何やってんですか」


 無数に切り刻まれた木の破片の中心に、少年・閉戸桐太が立っていた。手には平均より少し大きなヤマトカブトを持っている。ヤマトから立ち上っている湯気からするに、どうやらヤマトの力で大木を切り刻んでいるらしかった。操虫闘技の大会でも、木を木っ端微塵にするような技は見たことがない。メルンは一目で、桐太が世に未だ出ていない天才であることを肌で感じていた。


「ねぇ少年。アタシと操虫闘技をやってみない?」

「そう言って俺に近寄ってきた人、今までに何度かいました。自分は虫を戦わせることにはあまり興味がない。一人で虫と篭ってた方が気が楽なんだ」

「そう言わずにさ、君も気がついてるでしょ? アタシが現チャンピオンだってこと。挑戦を受けてみるくらいの価値はあるんじゃない?」

「……一回だけですよ」


 これが、閉戸桐太と咲場メルンの出会いだった。


 時間は戻り現在。


雷双剣デュアル・ライトニング!!」


 メルンは叫び、ギラファに指示を飛ばす。それと同時に、ギラファは飛び上がり大顎に雷の力を纏った。桐太は少し驚いたような表情をすると、ヤマトに指示する。


「受け止めるぞヤマト! 守角の構えしゅかくのかまえ!」


 ヤマトは六本の足をそれぞれ踏ん張ると、正六角形のシールドを多数展開させる。一瞬の後にギラファの雷双剣が炸裂した。ヤマトとギラファの間で、無数の火花が散る。


 しかし、ギラファの技ではヤマトの技を破れず、空中を一回転しギラファは距離を取った。


「かーっ! 今ので破れないのかぁ。どんだけ防御力高いのよ」

「守角の構えは、ヤマトが一番最初に覚えてからずっと練り上げてきた技ですから。それよりも、雷双剣でしたっけ? そんな強い技を初っ端から使ってると、虫夏気ムシガキが持たないですよ」

「アンタが相手だったら、虫夏気を温存しとく戦い方じゃ持たないって学んだんだよね。最初からフルスロットルで……いくよっ!! 雷十槍スピニング・ライトニング!!」


 ギラファは大顎を合体させ、槍の形を作って突進する。


 雷の双剣や槍、正六角形のシールドなど、桐太やメルンが持っている虫たちは普通の虫は持ってないような特殊な力を持っている。これこそが操虫闘技のキモである、「虫夏気ムシガキ」という変幻自在のオーラだった。


 虫夏気は本来、すべての虫が持っている微弱なオーラである。しかし、虫を操ることのできるプレイヤーの中には、その虫夏気さえも意図して増幅させたり減少させたりできる者達がいた。増幅させた虫夏気を使って技を繰り出す、この視覚的に派手な攻防こそが操虫闘技が人々によって楽しまれている所以だった。


「守角の構えを続けろ、ヤマト!」

「まぁ、普通はそう来るよね……ギラファ、虫夏気を倍プッシュだ!!」


 ヤマトに攻撃を当てる瞬間、ギラファの虫夏気はさらに膨れ上がり強力なパワーを上乗せした。


「な……!?」

「流石にちょっとキツいかな?」


  ヤマトのシールドは叩き割られ、ギラファの攻撃がモロに入ったことを二人は視認する。攻撃を食らったヤマトはひっくり返り、苦しそうにもがいていた。対するギラファも息切れしているのか、ゆっくりと体を上下させている。


「まさか守角の構えを破るなんて、メルンさんの作戦勝ちってわけか……よし。ヤマト! 体勢を立て直して攻角の構えこうかくのかまえだ!」

「なっ、こっから逆転はさせな……」


 メルンがギラファに追撃を命じるよりも早く、ヤマトは自力でもう一度ひっくり返ると、羽を使い飛び上がった。空中を飛び回りながら角にエネルギーを貯めるヤマト。


「クソッ! ギラファ、君も飛んで追撃だ!! 今度で仕留める、冷艶鋸れいえんきょ!!」


 先ほどの二つの技とは打って変わって、今度は虫夏気を冷気に変換させ、槍の形となった氷塊をギラファは纏った。虫夏気は様々な属性を持つ技を発生させることが出来るが、一つの虫には一つの属性だけ、というのがこの世界に広まる一般常識だった。


「氷の属性!? 二属性持ちか、こっちも負けてられない……!」


 『今度で仕留める』、反射的にその言葉に反応した桐太は虫夏気を無意識に増幅させた。向こうが最大限の力を以てぶつかりに来るのなら、こちらも相応の力で挑むのが礼儀というもの。ヤマトの角には溢れんばかりの力、もはや熱と呼んでもいい程のものが溜まっていた。


「いけ、ヤマト」

「ぶつけてやれ!! ギラファ!!」


 力と力のぶつかり合い。爆発に似た派手な花火が衝突によって発生する中……勝ったのは、ヤマトだった。勝ち誇るように空中を飛び回るヤマトに対し、ギラファは切り株に墜落、氷塊も砕けギラファの周りに散らばっていた。


「なにぃ!?」


 大声を出しその場にへたり込むメルンを見て、桐太は小さく息をついた。


「やっぱり、今回も俺の勝ちみたいですね。ヤマト、ギラファを切り株から落としてやれ」


 ヤマトは切り株に着地し、ギラファの体の下に角を入れようとした。


 しかし、その時。


「かかったな!? バカガキがよォ!!」


 ギラファの周りに散らばっていた氷塊が、勢いよくヤマトまで伸びていき、ヤマトの体を包み込むように覆った。


「な……!?」


 桐太は初めて見る技に驚く。前回も前々回も、これまではこのような技をメルンが使っていた記憶はない。となると、今回修得してきた新技なのだろう……が、ここまで虫夏気で作った氷を自在に操る人は、桐太は見たことがなかった。


光柱の頂プリズム・バースト・ボルテージ


 力強く、ただ一言メルンはそう言った。ヤマトの周りに張り巡らされた氷が、太陽の光を瞬時に集め内側に向け一斉に発射する。


 光柱の頂は、今回のためにメルンが編み出した新たな技である。冷艶鋸で散らばった氷塊を触媒に扱う特殊な技で、条件として『切り株の上に氷塊が散らばっている事』『ギラファが他に出せる技がないこと』『相手の虫夏気が半分以上残っている事』という設定がなされていた。特殊条件の設定と引き換えに、メルンは最大限まで光柱の頂の威力を上げることに終始していたのだった。いわばギラファの奥の手、最終奥義である。


 「や、ヤマト!」


 思わず桐太は声を出す。今まで、ヤマトがメルンとの対戦中に技のぶつけ合いで負けたことは一度もなかった。桐太はメルン以外とは操虫闘技をやったことがなかったので、そもそもの場数が少ない。にも関わらず今までメルンに勝てていたのは、圧倒的なヤマトカブトの硬さセンスと桐太自身の類まれなる虫夏気の操作能力センスによるものだった。


 しかし今、その能力達センスが一瞬の油断によって崩れたことで、桐太とヤマトはいきなり窮地に立たされることになる。


「ギャハハハハ!! やっとお前に勝てるみたいだなぁ桐太ぁ!!」

「優勢になったからっていきなりキャラ変わらないでくださいよ……」

「うるせぇ!! お前は敗者、アタシは勝者、チャンピオンの座を揺るがすものなんてやっぱりいなかったんだ!! うっひょ~~~~~~!!」

「本音が駄々洩れてる……」

「さぁて、ギラファ! ヤマトにHA・I・BO・KU嫌いなヤツの靴の裏を舐めるような経験を教えてやれ!!」


 その言葉と共に、ヤマトの周りの氷は溶け、切り株に突っ伏したヤマトの体があらわになる。その体をギラファは大あごで挟み、投げ飛ばす姿勢を取った。


「アタシの、勝ちだああああ……」

炎天落トシエンテンオトシ

「は?」


 瞬間、異常な暑さが切り株の周囲一帯を包み込んだ。汗が吹き出したメルンは、一体何が起こったのかと辺りを見回す。すると。


「極小の……太陽?」


 切り株の上空三メートル程の高さに、ソレはあった。炎が噴き出す赤い塊。「太陽」にしか見えないソレは、激しくメルンを動揺させた。


「メルンさん、俺がこの技をアンタに使うのはこれが初めてですね。あの太陽が、俺とヤマトの最終奥義です」


 ギラファは暑さに耐えかねてか、思わずカブトを取り落とす。すると、カブトは翻ってギラファと距離を取った。


「な、いや、でもあれって太陽……太陽、だよ? そんなの虫夏気で作れるわけないじゃん!!」

「実際、太陽を模したものではあります。てか本物の太陽だったらこの高さで出現させてたら二人とも死にますよ」

「そ、それはそうだけど」

「今から、この太陽を切り株にぶつけます」

「はぁ!? そんなことしたらギラファはやられるかもしれないけど、ヤマトだって持たないじゃん!!」

「そこは耐久勝負です。ヤマトが耐えるか、ギラファが耐えるか。メルンさんが俺の本気をここまで引き出してくれた、そこは感謝します。だから、これが俺の」


 桐太が一呼吸置くと、太陽が切り株に向かい落下を始めた。ヤマトは踏ん張り、ギラファは上を見て呆然としている。メルンに至っては両手で顔を抑えて正気を保とうとしていた。


「全身全霊だ!!」


 極小の太陽は、切り株に衝突した。


 ― ― ― ― ―


「かぁーっ! また負けたぁ~!」


 燃え盛る切り株を横目に、メルンは寝転がって泣き声を上げていた。ギラファはその横でプスプスと黒い煙を出してダウンしている。


「今回は俺もヒヤッとしました。メルンさん、だんだん強くなってますよ」

「そうかなぁ」


 桐太は持っていたタオルでヤマトの体をねぎらうかのように丁寧に拭く。それを見て、メルンもギラファをそっと撫でた。


「ねぇ、これだけやってもまだ操虫闘技やりたいって思わない? この田舎から外に出よう、って思わないの?」

「……正直、楽しいって感情は少し湧いてきました。メルンさんと交流する中で、人と触れ合う楽しさを覚えた気がします。両親はこういうことには付き合ってくれないんで……」


 桐太は少し寂しそうに笑ってから、ヤマトを地面に置く。


「人と触れ合うのが怖いんです。虫は虫夏気から性格とか生い立ちが見えるから、それに合わせてコミュニケーションを取っていけばいいけど、人間は全く分からない。表ではニコニコしていても、裏で何を考えているのか……と考えていくと、やっぱり無理して関わりたくないんですよ」


 腕をさする桐太を見て、メルンは。


「君の過去に何があったかはわからないけどさ。人間と付き合うのも悪くないと思うよ。こんな山奥で、誰とも関わろうとせずに過ごすのなんか寂しいだろうし。君も今は夏休みでしょ? せっかくだから都会の方へちょっと旅に行ってみようよ」

「でも、やっぱり自分は」

「……そうか、わかった。アタシも無理強いはしないよ。でも、もし外に飛び出していきたいってなったら、ここに連絡頂戴」


 メルンは懐から一枚の名刺を取り出す。メルンが所属している、操虫闘技をプロデュースする事務所の名刺だった。『第十二回操虫闘技世界チャンピオン 咲場メルン』の名前が金縁の加工で書かれている。


「君に負けたし、そろそろ仕事にも戻らないとだから、私はこれから東京の方に帰るけど。またいつか会おうよ」

「メルンさん……」

「最後に君と戦えて、本当に良かった。じゃあね、少年」


 それだけ言うと、ギラファを虫かごにしまって山を下りて行った。


「外に飛び出していきたい、か」


 桐太は寝転ぶと、名刺を顔の上に掲げてみる。切り株の炎は虫夏気によって作られたものなので、既に自然消火されていた。


 メルンに会ってから、まだ二週間も経っていない。そんな短期間に何度も会っていたので、桐太もそれなりに親近感がわいていた。これで関係を終わらせたくはない。そんな気持ちがあった。


「人と触れ合うのは怖いけど、メルンさんと一緒なら俺にも多少は出来るのかな……」


 起き上がって、名刺を懐にしまう。ヤマトも虫かごに入れると、ゆっくりと立ち上がった。


「いつでも電話してきていい、って言ってたけど。今ならまだ会えるよな……だったら」


 一人でいるのは好きだけど寂しい。そんな当たり前の感情を、桐太はようやく少し感じた気がした。


「メルンさん、待ってください!!」


 声を出しつつ駆け出す。自分を変えるには、夏という季節、夏休みと言う長期休暇はうってつけのモノだった。


 少年は、閉戸桐太は、メルンを追いかけて山を下って行った。

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