人魚の真実
「だ、第二、王女……だと……」
「ええ。お転婆で有名な、あの第二王女ですわ」
尤もらしくお上品な言葉を使ってみたが、ジェームズはぴくりとも笑わない。流石に、本物の姫君を前にして軽口を叩けるほどの度胸はないようだ。
或いは単に、『小娘』が持つもう一つの顔への驚きで呆けているだけかも知れない。
なんにせよ固まってしまったジェームズの傍に、エレノアは座ろうとする。すると則座にお付きの兵士の一人が敷物にする布を広げ、エレノアのドレスが汚れないよう措置を行う。
エレノアは大きなため息を吐きながら、敷物の上に座った。
「ほんと、大仰よね。ドレスが汚れるからって、敷物担当がいるのよ?」
「あ、ああ……いや、その……」
「敬語、苦手なら使わなくていいわ。今日は王女として来たけど、堅苦しい話をしに来た訳ではないから」
「……そうしてもらえると助かる。学がないものでな」
自虐的なジェームズの台詞は、彼をじっと見る兵士達を気にしての事か。
いくら王族警備をしている兵士とはいえ、国民がちょっと無礼な言動をしたぐらいで叩き切るような真似はしない。そんなのはもう何百年も昔の、王族が独裁的政治をしていた時代の話だ。とはいえ彼等には王室への敬意もあるため、無礼者には威嚇の一つぐらいしてしまう。
そういう警戒を解くためには、自分の言動は仕方ないと思ってもらうしかない。自虐は一番簡単なやり方である。愛する民にそんな気を遣わせる事自体が、エレノアは好みではないが。
「それで、今日はどんな用で来たんだ?」
「勿論、人魚について話すためよ。そして王女として此処に訪れたのは、この町を蘇らせるためね」
「町を、蘇らせる……?」
「まず、何故この町から魚がいなくなったのかを説明するわ。端的に言うと、人魚がいなくなったからよ」
エレノアが話を切り出すと、ジェームズは明らかに不機嫌な顔になる。
しかし一方的に話を打ち切らないのは、既に海から人魚がいなくなったからか。はたまた家族の仇を取って心情的に落ち着いたからか。
どちらにしても、だからこそ、彼にとって愉快ではない話なのに。
「あの人魚共がいないから? なんだ、アイツら魚でも育ててたのかよ」
「ええ、その通りよ。結果的にだけどね」
「……まるで見てきたかのように断言するじゃねぇか」
「見てきたもの。二年前、王国が開発した海底調査船に乗ってね」
五年前までは開発途中だった海底調査船。それがついに完成した時、エレノアは人魚が棲む海域の調査のために使わせてもらった。
人魚が人間に敵対的という事もあって、最初は反対された。しかし比較的穏健な……人間に関心がない人魚が暮らす海域での調査に限定する事で安全を確保。海底調査を行う事が出来た。
そして人魚達の暮らしを、ようやくこの目で観察出来た。
「人魚は、海底で海藻を育てていたの。農業をしていたのよ」
人魚が生活する地の海底には、無数の海藻が生えていた。
海藻の名はウチアゲ。砂浜に打ち上げられているところを発見された事で、この名が付いた。浅瀬では姿が見られず、沖合の何処かに生息していると考えられていた種である。
人魚達が育てる海藻はこの一種類だけ。他の海藻は育てない。むしろ農家が雑草を抜くように、ウチアゲ以外の海藻は引っこ抜いてしまう。やらないのは肥料を与える事と、甲殻類などの『害虫』を退治する事ぐらいか。
このウチアゲが人魚達の主食だ。他の海藻も(例えば引き抜いた海藻も)彼女達は食べるため、単純に生産量の多さから主食になっているだけだが……正に生きる糧。観察によればウチアゲが食べ物の九割を占めている。
ウチアゲも人魚の保護があるため、どんどん増えていく。結果として人魚が暮らす海にはウチアゲが増え、沖合いの海底を埋め尽くす。
「……それが、どうした。ただ海藻を育てるだけで、魚が……」
「甲殻類とかは駆除してないと言ったけど、それは他の魚達が食べるから駆除の必要がないだけ。あと、手入れで生じたゴミも甲殻類の餌になっているわ」
甲殻類を通じて、ウチアゲが持つ栄養は魚達へと広がっていく。
言い換えれば、多くの魚が人魚の育てるウチアゲに依存しているのだ。ウチアゲがなくなれば、魚の食べ物がなくなる――――
「い、いや。騙そうったってそうはいかない。聞いた事があるぞ、生き物がいなくなっても、他の生き物が増えるからあまり問題にならないってな」
エレノアがそこまで話すと、ジェームズからも反論が来た。
あまりちゃんとは覚えていないのだろうが、彼の意見は決して的外れなものではない。例えば同じ餌を食べる魚が二種類いたとして、そのうちの一種類が絶滅したとする。するともう一種類の魚が大きく数を増やす事が多い。何故なら競争相手が減る事で、より多くの餌を得られるようになるからだ。
動物だけでなく植物にも同じ事が言える。巨木を伐採した後、小さな木や草が跡地に芽生えるのは、巨木が遮っていた光が地上に届くようになるからだ。海藻にも同じ事が言えて、ウチアゲがいなくなれば他の海藻が生えてくるのが自然な流れ。人魚がいなくなったところで、海藻が消えるのは不自然である。
しかし残念ながらその意見は、ウチアゲの性質、それによる複雑な海の生態系の前では詭弁に過ぎない。
「残念ながら、ウチアゲの代わりはいないわ。ウチアゲは人魚と共に進化してきた、他にはない種だから」
ウチアゲという海藻の特徴を挙げると、「非常によく育ち」尚且つ「脆弱」である事。
具体的には競争に弱く、他種の海藻があるとすぐに枯れてしまうほど脆弱だ。海藻に限らず植物は、競争相手を弱らせようと地面になんらかの『毒』を撒く(人間にとって有害ではない。何しろ『対植物用』の攻撃手段なのだから人間は対象外だ)ものが少なくない。ウチアゲはこの毒への耐性が皆無であり、競争相手から攻撃を受けると一瞬でやられてしまう。
そのため人魚の世話が必要なのだが……人魚の手で競争相手を排除すると、ウチアゲは一気に育つ。本来競争相手との戦い使う筈の栄養を、全て成長に費やせるからだ。その勢いたるや甲殻類や草食魚の食害など気にならない。どれほどの生産性があるかは未だ研究中だが、一般的な食用海藻の倍以上の速さで育つと目されている。
急速に育つという事は、それだけ多くの生き物を養えるという事。単純計算だがウチアゲの代わりに他の海藻が生えても、半分の生き物しか育めない。魚の数も当然半減してしまう。加えてウチアゲは深い場所でも育つ特殊な海藻である。ウチアゲ以外の海藻は、育たなくもないが非常に小さい。実際の生産性は、十分の一にもならないだろう。
そしてウチアゲのもう一つの働きは、水質の浄化だ。
「漁師であるあなたは知っているだろうけど、この海は陸からの栄養が多く流れ込むため凄く豊かよね?」
「あ、ああ。理由は詳しく知らないが……」
「今回はそれでも問題ないわ。大事なのはこの海にはたくさんの栄養があるって事。だからたくさんの生き物が生きていた。でもね、栄養豊かな海は、死の海と紙一重の存在なのよ」
海の栄養分を利用するのは、海藻だけではない。目に見えないほど小さな植物性の生物も、それらの栄養分を利用する。
これらも小動物の餌となるが、海藻と決定的に違う……『欠点』がある。
それは水中の酸素を一気に奪い取ってしまう事だ。
正確には大量増殖した後、栄養不足や光不足により大量死し、その死骸の分解で別の小さな生き物が大発生する……この過程で酸素を使い果たす。小さな植物は海藻よりも増殖が早いため、他の生物の捕食が間に合わず爆発的に増えやすいのだ。酸素がなければ魚は生きられず、魚の死骸もまた小さな生き物の新たな餌となり、更に酸素を消費する悪循環が生まれてしまう。
ウチアゲが繁茂している時に、これは発生しなかった。ウチアゲが成長するために、どんどん水中の栄養分を吸収していたからだ。大きな身体を持つウチアゲは小さな生き物よりも体力があり、ちょっと日差しが弱まったぐらいでは死なない。そのため水質が安定し、魚が暮らしやすくなる。
更にウチアゲの大きくて捩じ曲がった根は、海底深くまで侵食する。これにより海底の砂地に隙間が出来、深い場所まで水の循環が起きるようになる。新鮮な水が循環すれば砂地に潜って暮らすような生物も生きられ、これらが沈殿した小さな生き物達の死骸や糞を素早く食べ、水が腐敗するのを防ぐ。しかもこの生き物達は魚の餌となり、結果的に漁業にも貢献していた。
だが、この海では循環が断ち切られた。
人魚の世話がなくなり、ウチアゲはいなくなった。栄養はウチアゲではなく、海面近くを漂う小さな生き物達が独占。それにより小さな生き物が爆発的に増殖し、酸素を吸い尽くす。魚が死に、微生物も死んで海底で腐り出す。
これを砂地の生物が素早く食べてくれればまだ良かったが、ウチアゲがいなくなった事で砂地の環境が悪化。表層にしか新鮮な水が行き届かず、酸素不足を引き起こす。これにより微生物ならまだしも、大きな節足動物などは棲めなくなった。小さな微生物達では分解に時間が掛かり、死骸はどんどん積み重なっていく。積み上がった死骸は砂地をどろどろのヘドロに変え、生物の住処に適さない状態にしてしまう。
今、この海が腐臭漂うものに変わったのは、栄養の使い手が死滅したがための必然。ヘドロが溢れ、小さな生き物の亡骸が海面を覆い尽くしている。
その必然を引き起こしたのは、言うまでもなく人魚を駆除した人間だ。
「……は、はっ。なんだよ、俺達の自業自得って言いたいのかよ」
「結果から言えば、そうなるわ」
「ハッキリ言うもんだ……だがな、俺達は家族の仇を討ったんだ! それの何が悪いってんだ!」
エレノアの話を聞いて、ジェームズは声を荒らげながらも誇らしげに語る。
或いは、それが最後の心の柱か。
しかし実際、漁師達は自らの善意に従い人魚駆除をした。家族の仇を取るため、二度と家族が失われないために。
だが、知ってしまえばその殺意さえもがおこがましい。
「……先に、手を出したのが人間だとしても?」
エレノアはもう、ジェームズの身に起きた悲劇と決意に口を閉ざさない。誤った憎しみは、正さなければならない。
それが王国の、人類の繁栄に繋がるのだから。
「なん、だ、と……?」
「あなた達が駆除した人魚の一部は、岩礁地帯などに流れ着いていたわ。私達はその遺体を回収し、解剖を繰り返した。人魚の幼体が、どれであるか知るために」
「人魚の幼体って、子供の事か? どれって……」
「皮肉だけど、試料がたくさんあったお陰でようやく突き止められた。人魚の幼体は、この町にとっての高級魚、アカビレだったわ」
骨格の構造や内臓の位置、そして水揚げされたアカビレの生殖器がどれも未成熟である事……
解剖により得られた情報から、エレノアは人魚の子がアカビレであると結論付けた。論文は既に発表しており、その衝撃的内容から反論も少なくないが――――現時点で、少なくない人々が賛同している。反論についても(感情的で論外なものを除けば)試料の偏りなど適切な指摘が多く、解答を重ねるほど論文の完成度は上がっていた。
今後余程の事がなければ、アカビレが人魚の幼体であるという学説はひっくり返らないだろう。
そして自分達が人魚の子を捕まえ、食べていたと突き付けられたジェームズは、明らかに狼狽え出す。
「あ、アカビレは、確かに、た、食べているが……だ、だけどそれは……」
「そうね、アカビレだと認識して漁獲していたのは、人魚が人間を襲い出した後。でも、アカビレとよく似た魚はそれよりも昔、二百年前から食べられているわよね?」
言い逃れようとするジェームズに、エレノアは問い返す。ジェームズの口はぽかんと開いたままになり、もう言葉を出せなくなってしまう。
アカビレとよく似た魚とは、マーメイドフィッシュの事だ。
マーメイドフィッシュ自体は人魚と深い関係にはない。分類上も近い訳ではなく(骨格や臓器の発達具合からアカビレとは『外面』だけ似ていると分かった)、漁師達が言うような人魚の腰巾着ですらない事が判明している。
むしろ腰巾着は人魚の方。
このような擬態は、自然界では珍しくない。特に毒を持つ生物より個体数が少ない時に極めて有効だ。恐らく自然相手なら、マーメイドフィッシュだろうと構わず食べるような一部の大型魚を除き、人魚の天敵となる生物はいなかっただろう。その大型魚も、大人の人魚が徒党を組んで追い払う。
そうして悠々と育ったアカビレは、ある程度大きくなると人魚達の下に向かい……大人へと育つ。このような生活を、人魚達は何百年、何千年と続けてきた。
その安寧の生活を、人間が破壊した。
「船の性能が良くなって、沖に出られるようになった。これによりマーメイドフィッシュを大量に漁獲出来るようになり、一緒に人魚の子も捕られるようになったのよ」
人間にそんな自覚は勿論ない。だが事実として、人間は人魚の子を捕まえ、そして食べている。人魚は人間に何もしなかったのに、人間はいきなり『攻撃』を仕掛けたのだ。
大事に育てた我が子を奪われて、人魚達はさぞや怒り狂ったに違いない。船を沈没させるのも致し方ないだろう。
しかしそれでも人魚が優先したのは、海に来た人間を皆殺しにする事ではなく、我が子を取り戻す事。網に掛かった子供を取り戻せればそれで良い。
この過程で人間が死んだとして、それは彼女達からすれば『不可抗力』だ。最初に手を出し、今も大切な子を殺し続ける奴等が死んだとして、構う筈もない。
だが、人間は許さなかった。
「なんだよ、それ……つ、つまり、俺達は、人様の子を食べて、それで仕返しどころか不慮の事故に対して、仇だって叫びながら殺し尽くして、海も滅茶苦茶にしたって、そう言いたいのか?」
「……ええ。それが私の辿り着いた結論よ」
「で、出鱈目を言うなッ!」
一通り説明したところで、ジェームズが声を荒げる。そしてエレノアに掴み掛かろうとした。
控えていた兵士の一部が即座に剣を抜こうとする。
だがイリスがこれを止めた。ジェームズは怒りを露わにしている。だが殺意はない。ただただ動揺し、認められないだけで……彼は、エレノアをどうこうする気などないと見抜いていたのだ。
エレノアも、だから恐怖など感じず、大人しく彼に掴まれる。高貴なドレスが握り締められ、皺になる事などどうでも良い。
一人の国民が目に涙を浮かべ、ぐしゃぐしゃに顔を歪めているのに、どうしてそれを突き飛ばすのか。
「今のは、質の悪い冗談で、出鱈目だって、嘘だって言ってくれよ……お、俺は、俺は息子の仇を、取った、だけで……」
「……ええ。あなたは息子の仇を取った。それは否定しないわ」
だからこそ、自分の子を殺される前に、人魚の子を何十何百と殺してきた事も否定しない。嘘で覆い尽くすのは救いではないのだから。
ジェームズの行為を逆恨みと呼ぶべきなのか、エレノアは判断出来ない。人間達は誰一人として、アカビレが人魚の子である事なんて知らなかった。人魚もそれを教えようとはしなかった。二つの種族は生きる場所も文化も違い過ぎて、今まで会話も成り立たなかったから。だからこそ家族が殺されれば殺し返す、極めて当たり前の行いでしかない。
その結末が、一つの海の死。
これも否定出来ない。いや、してはいけない。受け入れなければ、この惨劇が王国中で起きる。
「……………」
ジェームズは自らエレノアから手を離し、その場にへたり込む。
項垂れるのではなく、彼は空を見上げた。
逃避しているようにも、呆けているようにも見える。一度に大量の、受け入れ難い情報を聞かされたのだ。頭が真っ白になってしまうのも仕方ない。
しかしエレノアはここで彼を休ませるつもりはなかった。
何故『第二王女』がこの滅びゆく港町を訪れたのか。それを数少ない『町人』に、人魚を憎む者に說明しなければならないからだ。
「ジェームズさん。私の話が信じられないなら、それでも構わないわ。ただ一つ約束してほしいの。私達がこれからする事に、手出しをしないで」
「……これからする、事……?」
「私達はこの海を再生させ、港町を元の姿に戻そうとしているわ」
エレノアが語る目的を聞き、ジェームズは失われていた生気を取り戻す。慌ただしく立ち上がろうとしたものだからか、ぐらぐらと身体が揺れていた。
彼を一瞥してから、エレノアは自らの足で立ち上がる。敷物は係の兵士がすぐに回収して持ち去り、別の兵士が即座に入れ替わる。また座る時、エレノアの服が汚れないようにするために。
立ち上がったエレノアは海を見つめる。
腐臭の漂う海。魚も甲殻類も消えた、死んだ海域だ。これを元通りにするなど、困難を通り越して不可能に思えてくる。
だが、エレノアはやる気だ。
「で、出来るのか!? この海が、元の海に……」
その目に希望を見出したのか、ジェームズが縋るように尋ねてくる。
エレノアは首を横に振った。
「可能性はあるわ。でも今のままじゃ無理。人間には海の環境を整え、戻すような力はないから。この海を元に戻すには、人魚の力が必要よ」
「人魚が……」
「だから人魚が棲める環境へと戻す。人魚が戻れば、人魚が暮らす環境だった、かつての海になる筈……私の目的は、この海を人魚が棲める環境に整える事。そしてそれにどれだけの人手が必要か、予算はどれだけ掛かるか、再生に何年掛かるか。それを調べる事よ」
人間は、人魚がもたらしていた恩恵を得るのにどれだけの苦労が必要かを知らない。ましてやその復活にどれだけ時間が掛かるかなど未知数。
これを徹底的に調べ上げる。これが今回のエレノアの目的だ。
確かに具体的に幾ら掛かるかは分からないが、莫大な資金が必要なのは間違いない。幾らエレノアが王女でも、ポケットマネーで賄える額ではない。この計画には王国環境省、そして国王の決定がある。予算は税金から出され、人員も何十人と派遣される。必要であれば追加予算、追加人員の要請も可能だ。通るかどうかは兎も角、国が力を費やしている計画には違いない。
一つの港町が消滅するという危機を、王国も重く見ているのだ。
いや、港町が消えただけなら、この計画は立ち上がらなかっただろう。人魚がいなくなった事が原因だと分かったからこそ、人魚を呼び戻そうという計画が出来た。そして人魚が何故敵対していたのかが分かり、共存の可能性が生まれたから、計画が現実味を帯びた。
エレノアが五年前に行った研究は、決して無駄にはなっていない。
甚大な被害は出たが、まだ手遅れではないかも知れない。そう気付けただけでも、人魚研究の意義はあった……エレノアはそう思いたい。
「計画の実施拠点は、町の南にある研究棟にする予定よ。何か不安な事、分からない事があれば気軽に立ち寄って。立ち話ぐらいなら、出来るから」
エレノアはジェームズにそう言い残し、この場を後にする。
ジェームズは、追い駆けてこない。ただその場に座り込んで、赤くした目で虚空を見つめるばかり。
無理もない。自分の復讐が逆恨みとも言えるもので、挙句それで故郷を滅ぼしたのだ。誰だって理解するのに時間が掛かる。理解しても、受け入れられず半狂乱になるかも知れない。自ら命を絶ったり、現実逃避で薬に溺れるかも知れない。
「(話すだけ話して無責任だとは思うけど、後は本人がどう納得するかでしかない)」
『正しい考え』なんて植え付けたくないから。そんなものはエレノアにも分からないから。
だからエレノアは自分の信じる『正しい行い』をする。
人魚を呼び戻すため、かつての海を取り戻すため、人の手で壊れた自然を直す。例え自分の残りの生涯を費やす事になろうとも。
それが国の荒廃を止められず、数多の国民を路頭に迷わせた不徳の王女としての、せめてもの償いだと考えるがために――――
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