なろうに殺された作家

区隅 憲(クズミケン)

なろうに殺された作家

 窓を締め切った狭い部屋の中で、俺は小説を執筆していた。

小説のタイトルは『孤独な誇り』。何の取柄もない底辺の男が、芸術を通して生きる価値を見出そうとする純文学作品だ。今は序盤のエピソードを書く作業を進めている。


 3時間ほどして、俺はエピソードを書き終えた。推敲もおわり、いつものようにブラウザを立ち上げ、お気に入りに登録してあるサイトを開く。「もの書きになろう」。そこは小説投稿サイトの大手だった。俺はまいにち書き上げた小説を、そこへ投稿する日々を送っていた。


 けれど、いくら投稿しても充実感は得られなかった。読者からの反応が全くなかったからだ。いいねやブックマーク、評価ポイントもつかないし、ましてや感想が送られることもなかった。


(なんでこんな傑作を書いてるのに、誰も評価しないんだよ!)


 俺の胸の中にはいつも、焼けつくような苛立ちがあった。いくらレベルの高い小説を書こうとも、だれも見向きもせず通りすぎる。その事実をアクセス解析を使って確認するたびに、俺の不満はふつふつと募っていった。



 一方で、「もの書きになろう」のランキングでは、自分とは比べ物にならないほど評価を受けている作品が、ずらりと並んでいた。どの作品も評価ポイントが10万を超えており、読者からの感想なども多く寄せられている。


 だが俺は、それらの作品を面白いと思ったことは一度もなかった。そもそも読んだことすらない。やれ『チート』だの『ハーレム』だのといった煽り文句が、長文のタイトルの中に入れ込まれ、どれもこれも全く違いがわからない。こうした系統の作品は、いわゆる「なろう」と呼ばれるものであった。


 俺はなろうが大嫌いだった。

何の取柄もない人間が、都合よく魔法の力を与えられ、女や名声を何の苦労もなく手に入れる、ただそれだけの、低俗で幼稚なストーリー。そこには人間の心を揺さぶるドラマ性も、世界の真理に迫るテーマ性も、何一つない。「小説」と呼ぶのも烏滸がましい、下劣極まりないポルノコンテンツ。


 俺にとってなろうとは、見るだけで吐き気のする最低のゴミだった。



**********



 俺は芥山賞に受賞することを夢見ていた。芥山賞とは日本で最も権威のある小説の賞のことで、純文学を専門としている。俺は自分が書いた小説を世間に認められたい、自分の書いた小説で人に感動を与えられるようになりたい。そんな願望を常日頃いだいていた。

俺はその夢へ近づくために、今日も有名作を読書している。今読んでいるのは、『落胤らくいんの迷い人』という本だった。


『落胤の迷い人』とは、第161回芥山賞の受賞作である。別れた父と子の間に根差す深い溝や愛情を、鮮烈に生々しく、それでいて美しさを感じる文体で書き上げた作品だ。


 俺はその著者である『嘉村飾屋かむらかざや』に憧れを抱いていた。嘉村先生はデビュー時からプロ作家として活躍しており、純文学を専門に小説を世に送り出していた。これまでに先生が書かれてきた小説の数は計五冊。俺は全て発売日に予約して読了していた。


 嘉村先生の小説はどれも、俺に作家としての感動と誇りを与えてくれた。ひとつひとつの文章が玉音のように響き、ひとつひとつの物語が俺の魂を揺さぶった。


 その影響を受け、俺は嘉村先生のような純文学小説を書きたいと願うようになった。そして1年前、俺は小説の執筆をはじめたのだった。



*********



 SNSアプリのエックスターを開き、いつものように俺は、嘉村先生が投稿したポストを目で追っていた。プロ作家の彼が、どんな考えや心構えで執筆に臨んでいるのかを研究するためだ。彼は自分のフォロワーにはついぞ興味がないらしく、俺もフォローバックされていない。けれど彼が投稿するポストは、どれもこれも俺の心を打つものだった。



『僕は作家として、ただ妄想を吐くだけの存在にはなりたくありません。小説とはただの空想ではなく、世界の真理を書き著すべきものです。目を覆い続ける人々の手を引き剝がし、【これが真実だ】と目の前につきつけてやるのが小説の役割なのです』



 そんな文章が今日は綴られていた。俺はそのポストをすかさずブックマークする。これで先生のポストをブックマークしたのは67個めだ。きっとこれも、小説家になるために大切な教訓が含まれているに違いない。いいねやリポストの数は既に1000を超えており、その数字はどんどんと膨らんでいっている。俺も忘れずに、いいねとリポストのボタンを押した。


 しばらくすると、先生の最新のポストがまた投稿された。俺はすかさずタイムラインの最上部までスクロールし、その内容をワクワクしながら確認する。



『小説家になっても、金なんて全然入らない。これじゃ何のために芥山賞に受賞したのかわからない』



 そんな文章が綴られていた。それを見た瞬間、俺は頭の中にズキリとヒビが入ったような感覚が走った。咄嗟とっさにエックスターのアプリを閉じてしまう。


(先生でも、こんな俗物的な考えをしてしまうのか......)


 俺は裏切られたような心持ちとなり、暗澹あんたんとした気分が立ち込めてくる。

先生はもっと誇り高くて、高尚な人だと思ってたのに。

俺はスマホを持っていた腕を、だらんとだらしなく垂らした。


 けれど、しばらくして頭が冷静になると、俺はブルブルとかぶりを振った。


(いや、先生だって人間だ。愚痴を言いたくなる時ぐらいあるだろう。金に困るぐらい、小説に没頭してくれてるのだ。きっとまた、立ち直ってくれるはずだ)


 そして俺は別のことに頭を切り替えようと考えた。「もの書きになろう」のサイトを開く。『孤独な誇り』の続きを執筆し、そのままエピソードを投稿する。自分の小説が更新一覧に掲載されているかを確認するためにホーム画面に戻る。だがその時、見たくもないのに「もの書きになろう」のランキングが目に入った。



 相変わらずクソみたいな長文のタイトルが並んでいる。やれ『チート』だの『ハーレム』だの『スローライフ』だの、似たり寄ったりの煽り文句が羅列されている。何の作家性も個性も感じられない、パクリだらけの劣化コピーの集まりだ。内容を見なくても中身がわかる、何の面白味もない脳死したコンテンツ。


 こんなものを好き好んで読んでる奴の気が知れない。こんなものを読むのは、どうせ人生の落伍者だろう。自分では満たせない欲望のはけ口を、こんな素人の駄文に求めている負け犬どもだ。


 しかし、そんな輩が世の中には多くのさばっている。ランキングには「なろう」しか目に入ってこないのがその証拠だ。それは「もの書きになろう」に限らず、どこの小説投稿サイトへ行っても同じことだった。付和雷同のように、「なろう」という小説が世間の連中の間で、とうぜん持て囃されるべきものとして認識されているのだった。



 反吐が出る。こんな文学性も芸術性も微塵にない小説もどきを、称賛して群がる信者どもに。

 反吐が出る。自己顕示欲や承認欲求のために、他人からパクっただけの駄文を量産して、「書籍化した俺は特別なんだ」と自己陶酔している盗作者どもに。

 反吐が出る。ただ金を稼ぐためだけに、何の恥も外聞も捨てて、粗悪品を売り続ける出版社どもに。


 反吐が出る。反吐が出る。反吐が出る。

こんな掃き溜めに身を置いていては、自分の精神までおかしくなってしまいそうだ。奴らにとっての「小説」とは、人間の心の機微に触れる体験でもなく、新しい世界に触れる体験でもなく、ただ自慰をするための消耗品にすぎないのだ。


 文学はこの低俗な価値観とともに破壊されつくした。むしろ低俗な小説を書かない者こそ、人から笑われる時代になった。悪貨は良貨を駆逐し、むしろ下等ななろう小説を書く輩こそ、時代の流れに乗れた『優秀』な作家だと評されるようになった。


 俺はそんな世情を憎んでいる。この腐りきった界隈に、唾をぶちまけてやりたいと思っている。


 だからこそ、俺は世の中に反逆をしたい。本物の文芸作品を叩きつけて、世間から評価を得られるような偉大な作家になりたい。作家を目指すようになってから、ふつふつとマグマのように、そんな野望が渦巻いていた。




 俺は再び、嘉村先生のエックスターを開いた。先ほどまであったネガティブなポストが削除されている。代わりにいつもの、作家としての深みのある文言が投稿されていた。


 それを見て俺はほっと一安心する。いつもの先生に戻ってくれた。

嘉村先生は俺の目標だ。先生にはもっと「本物」の作品を生み続けてほしい。先生ならきっと、今の衰退しきった文学界に光を差し込んでくれるはずだ。俺はそう信じている。


 そしてその希望があるからこそ、俺自身もいま小説を書き続けることができたのだった。



*******



『近日新作を発表します。今までとは作風が違いますので、読者の皆さんも驚かれると思います』


 ある日、先生のエックスターを見てみると、そんなポストが流れて来た。その予告が投稿されると、他のフォロワーからのいいねやリポストが大量に送信され、リプライ欄にも瞬く間にコメントが溢れかえった。


『嘉村先生の新作、楽しみにしてます』

『どんな小説なのか、ドキドキして眠れないです><』

『作風が違う!? これは嘉村先生の二度目の受賞フラグか!?』


 俺もリプライをした人々と同じように、凄く先生の作品が楽しみだった。相変わらず先生はリプライをフォロワーに返さなかったが、それでも俺と同じように、先生を応援してくれるファンが大勢いることは嬉しかった。


 先生も今、新しい小説に挑戦して頑張っている。だから俺も自分の小説を完成させよう、改めてそう決意する。例え誰からも反応がなくても、周りから冷笑の目で見られようとも、憧れの人が自分の道を突き進もうとしているのだから。そんな立派な先生の姿を見れば、例え世の中が腐っていようとも、自分自身も励まされたような気持ちになれた。


 だから俺は今日も、「もの書きになろう」で『孤独な誇り』の投稿をする。誰からも読まれないまま、物語は終盤へと向かっていた。


(もしこの小説を完成させたら、俺も芥山賞に応募しよう)


 俺はそんな希望を胸に、深夜遅くまで執筆作業に勤しんだ。




*******





『異世界転生TS爆乳娘 ~美少女のおっぱいを揉んだら、なぜかチートもハーレムも手に入れて、スローライフを送ることができました~』




 今朝起きて先生のエックスターを確認すると、いきなりそんな文面が飛びこんできた。俺は一瞬、頭の中がフリーズする。エックスターの機能である「おすすめのポスト」が誤って表示されたのかと考えた。だがそのポストは紛れもなく、嘉村飾屋先生自身が投稿したものだった。


(えっ?)


 俺は思わず絶句し、そのポストに何度も目を滑らせる。

小説のタイトルだけ記載されたそっけないポストには、リンクも掲載されている。

椅子に座る先生と、記者らしき男が対談しているサムネイルが目に入った。


 俺は震える指でリンクをクリックする。

するとそこには、かつて盗作作品を出版してさんざんネットでも炎上した、毛戸川社が主催するインタビュー記事が開かれた。毛戸川社はいま、「なろう」ばかりが受賞する小説コンテストを頻繁に開催しており、「なろう」作品を大量に売り出す事業戦略を進めていた。



『芥山賞×異世界転生! 嘉村飾屋の路線変更の真意に迫る!!』



 ホームページの最上部にはデカデカと、そんな見出しが記されていた。

その下部にはつらつらと、先生のインタビュー記事が綴られている。



記者

「いやー、嘉村先生がとつぜん異世界転生作品を発表するとは驚きましたよ。なぜこうした異世界ファンタジーを書こうと思ったのですか?」


嘉村

「正直に言うと、芥山賞を取っても全然本が売れなかったからです(笑)。世間でもさんざん言われてますけど、いまどき純文学って厳しいんですよ。だからデビューして2年ぐらい書いてたんですが、『このままじゃいけねぇな』と思って、今流行りの異世界転生に触手を伸ばしたわけなんです」


記者

「それはものすごく大胆な路線変更ですね(笑)。今後は異世界ファンタジー作家として活動していくとのことでしたが、今までの純文学作品に思い入れなどはありませんか?」


嘉村

「正直、めちゃくちゃありますね(笑)。元々僕は、子供のころから純文学の本を読んできて、自分でも『こんな凄い物語を書きたい!」と思ったのがきっかけだったんですよ。それで中学のころから小説みたいなものを書き始めて、それが10年ほど続きました。僕にとって純文学って、それだけ自分の人生のウェイトを占めるものなんです」


記者

「なるほど、先生にとって純文学は人生の一部なんですね」


嘉村

「はい。でもやっぱり現実問題、お金のこともありますから」


記者

「それは誰にとっても切実な問題ですよねぇ(笑)。けど嘉村先生なら億万長者だって夢じゃないですよ。嘉村先生は文章のレベルも高いですし、このまま異世界ファンタジーの小説家大賞だって狙えるかもしれません」


嘉村

「はっきり言って狙ってますね(笑)。そのためにトレンドとかの研究もしてますし、できれば一年以内には何か大きな結果を出したいと考えてます。こうして僕の作品を毛戸川さんの方からオファーしてくださったのはとてもありがたいですし、何ならこれでベストセラーとかも狙ってます(笑)」


記者

「ははははは、すごい自信ですね(笑)。けど先生には実績もあるわけですから。芥山賞作家がライトノベル作家に転向するなんて前代未聞ですよ。既存の作家さんたちも、こりゃぁウカウカしてられません(笑)」


嘉村

「はい、どうせ転向するなら頂点を目指したいと考えています(笑)。僕もまだまだ異世界ファンタジーは研究中の身ですから、実際にどうなるのかはまだ未知数です。けどきっといい結果になるだろうと自負しております」


記者

「はい、応援してます! 嘉村先生の異世界ファンタジー、楽しみですねぇ。純文学作家がライトノベルに挑戦したらどうなるのか、必見ですよ。読者の皆さんも、嘉村先生が書かれた『異世界転生TS爆乳娘 ~美少女のおっぱいを揉んだら、なぜかチートもハーレムも手に入れて、スローライフを送ることができました~』をよろしくお願」




 途中でスマホの電源を切った。そのままそれを乱暴に投げ捨て、床の上に寝転がった。大の字になったまま静止していると、わなわなと全身が震えだす。

それでも何とか少しだけ冷静さを取り戻すと、俺はもう一度起き上がった。

信じきれない気持ちを抑え込み、スマホの電源を再び点ける。


 嘉村先生のエックスターのページに戻ると。例のポストには、大量のリプライと引用リポストが送信されていた。それをクリックすると、リプライ欄は非難の声一色に染まっている。いわゆる炎上状態というやつだった。


『何でいきなりなろう系なんて書き始めたんですか?』

『純文学を辞めるって本当ですか? だとしたらもうファン辞めます......』

『しょせん嘉村も、流行りを追うだけの俗物だったか』


 しばらくメッセージを読み続けていると、突然リプライ欄が表示されなくなった。一番上の画面にスクロールすると、「このポストは現在返信を許可しておりません」というポップアップが出てきた。


 作家としての弁明、それすらも嘉村飾屋は放棄していた。そこには何の誠実さも恥すらもない、ただ逃げるだけの卑怯者としての痕跡だけが残った。

俺はただ閉口を続ける。電源を切ることも忘れて、スマホを力なく床に置いた。


 あれほど俺に感動を与えてくれた先生は、作家としての夢を俺に見させてくれた先生は、一体どこに行ったんだ?

本当に先生は、世間の流行りに溺れただけの、何のプライドもこだわりも持たない作家もどきになったのか?

あれほど俺が尊敬していた嘉村飾屋は、その他大勢のゴミと何ら変わりない俗物になり果ててしまったのか?


 それを悟った瞬間、俺は立ち上がり本棚へと突進していた。

『落胤の迷い人』・『嘉村飾屋』著。それを力任せに破り捨て、ゴキブリのように床に叩きつけた。

『蓬莱の尋ね人』・『分かつ悼み』・『溺れた海のサンクチュリア』・『奈落の嫉妬』。

それら全てを破り捨て、虫けらの残骸のように床に叩きつけた。


 俺は吐き気がして、トイレに駆け込む。何も食べていない胃の中から、大量の胃液が吐き出される。何度も吐いて目眩がして、荒い呼吸も収まらない。


 便器に顔を突っ伏したまま、俺の目から涙が出る。俺は完全に『孤独な誇り』を書き続ける意欲を失っていた。



*******


 

 俺は狭い部屋の中で寝転がり、延々とヨーチューブの動画を眺めていた。仕事から帰ってから時間を持て余すと、就寝の時間になるまで、つまらない動画で暇つぶしを繰り返していた。


 炎上を起こした奴のスキャンダル、くだらないアニメの割れ動画、エロ女のショートムービー。

ヨーチューブのおすすめ欄にはつらつらと、どうでもいいような動画が表示される。


 俺は特に理由もなく、アニメの割れ動画を試聴した。強いて言えば、24分間のフルサイズで、これならある程度時間を潰せるからだった。低俗で内容も頭に入らないような、クソみたいなラブコメアニメだった。


 試聴してちょうど半分ぐらいの時間に差し掛かったころ、とつぜんヨーチューブの広告動画が流れはじめた。


(割れ動画にまで広告出すなよ)


 俺は舌打ちをして、マウスに手を伸ばした。


 だが、俺が「広告をスキップ」にカーソルを移動させようとした時、ピタリと動きを止める。吸い込まれるように画面を見る。甲高い耳障りな女の声で、アニメの宣伝が流れてきた。


「『異世界転生TS爆乳娘 ~美少女のおっぱいを揉んだら、なぜかチートもハーレムも手に入れて、スローライフを送ることができました~』絶賛放送中!

 

 みんなぁ!! 私のおっぱい揉みたいなら、絶対見にきてよねぇ♡」


 低俗なナレーションが終わると、今まで見ていたラブコメアニメが再開される。

そして俺の胸の内からは、怒りとも悲しみともつかない、堪えがたい感情が沸き起こってきた。


 俺は動画を消し、エックスターを開いた。俺は小説を辞めてから2年間、エックスターを全くやっていなかった。タイムラインにはいつフォローしたかもわからない、どうでもいい奴の「腹減った~」というポストが流れてくる。


 俺は自分のホーム画面から「フォロー中」のボタンを押し、あの名前を探した。


『嘉村飾屋』


 そのアカウント名がまだ残っていた。そして俺は名前をクリックし、奴の過去のポスト一覧をスクロールしていった。



『毛戸川から発売したのに全然売れない』

『アニメ化したのに原作使用料がゴミ過ぎる』

『何で俺の小説打ち切りなんだよ。アニメ化したのに意味がわからない』



 荒んだコメントがいくつも並んでいた。それとは別に、アニメの宣伝ポストが、二時間置きぐらいで何度も投下されている。それにも関わらず、インプレッション数は投稿する度にどんどんと目減りしていった。フォロワー数を確認すると、過去にやつが純文学を書いていた時よりも、3分の1ぐらいに減っている。奴はもう、目に見えて落ちぶれていた。


 俺はいま、どんな感情を持ったらいいのかわからなかった。

嘲笑えばいいのか、馬鹿にすればいいのか、それとも憐みを抱けばいいのか。

どれも違うような気がする。けれど少なくとも、俺の心はちっとも晴れることがなかった。




 ――数週間が経ってから、また奴のエックスターを覗く。例のアニメの放送が終わった後だった。今までさんざん繰り返されてきたアニメの宣伝が、ピタリと止まっている。奴のエックスターでの活動自体、激減しているようだった。


 そうした事実の確認を終えると、俺はエックスターを閉じようとする。だがちょうどその時、奴の最新のポストがふいに投稿された。



『もう諦めてバイトでもはじめようかなぁ』



 そのメッセージを見て、俺は胸に針を刺されたような感覚を覚えた。しぼみきった風船にとどめを刺されたような、そんな心境に陥る。


 俺は奴にメッセージを送ることにした。エックスターでは見る専だった俺にとって、はじめてのリプライだった。俺は奴の最新のポストに、返信コメントをぶら下げる。



『あなたは自分を殺して幸せになれましたか?』


 

 頭に思い浮かんだメッセージを、そのまま文章に綴る。


 ほどなくして、そのリプライは削除された。

俺のアカウント自体も奴からブロックされる。

こうして俺は完全に、嘉村飾屋との関係を断たれた。


(そういえば俺が昔書いてた小説、まだパソコンに残ってたな)


 ふいに俺は、そんなことを思い出す。

ブラウザを閉じると、パソコンのエクスプローラーを開き、そのまま自分の文書ファイルを検索した。


 ほどなくして、俺は目的のものを見つける。

何の躊躇いもなく、そのファイルを削除した。

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