ヴァージンロード〜私が好きになった人〜

ゆうき里見

第1話

 坪倉真唯の最近の楽しみは、行きつけのカフェ「寄り道カフェ」でまったり過ごす事と最近見かけるようになったひとりのイケメン男性客をこっそりウォッチングする事。

 今年20歳を迎え、正式に成人として認められた真唯は平日OLとして会社勤めをし、休日にはこのカフェに来てのんびりと過ごす。会社でデカい顔をしてわがままに仕切っているお局さんへのストレスをこのカフェで浄化しているのだ。季節も夏真っ只中で、冷房の涼しさに暑くほてった体も一時ではあるけど浄化されている。

 一方の男性客はある休日に来店した時からずっと来店するたびに見かけるようになり、気がつくと真唯は彼を密かに眺めるようになっていた。容姿はイケメンと呼ばれる部類に入り物静かな印象だ。見た目の年齢は20歳後半から30歳あたりだろうか。服装はいつもラフな格好。このカフェの店員で真唯の幼なじみである堂上晃子によれば、男性客が来るのは決まって真唯と同じく土曜日だけだという。「アンタ同様平日は会社勤めしてる人なのかもね」とは晃子の談だ。

 そんな彼に目がとまるのはどうやら彼女だけでなく、他の女性客も同じようで。しかし当の男性客はそんな視線など気にもとめていない感じで手元の本に集中し、時折コーヒーカップを手に取り口をつける。その所作がいちいちキレイで、真唯は勝手に(あの方の所作は環境で培ってきたものだと思う)と推理していた。

 しかしながら、ジッと見つめるのもさすがに気持ち悪いだろうと自分でも思うので、手にしている本の陰から青年を眺めたり、チラチラ見たりしながらまったり読書をしてゆったりした時間を過ごしている。

 それが回を重ねる事に真唯の中には(あの人には彼女がいるのかな?いないのかな?)というプライベートな部分にも興味を抱くまでになっていた。

 でもそれだけ。ただ眺めて、恋人の有無を想像する。真唯は十分満足していた。


 だが。

 真唯はこの男性客と思わぬ形で一方的な再会をする事になった。



✠✠✠✠✠✠✠✠✠✠


 数カ月後。

 祭壇の中央に飾られている遺影をボーゼンと見つめている喪服姿の真唯がいた。

 黒い縁取りの中で笑顔で写っているのは、真唯の父親・太一だ。前日まで元気だった父は翌日、勤務先で倒れ病院に搬送されたものの翌朝に息を引き取った。44歳。若すぎる死だった。

 実は真唯と父は血が繋がっていない。真唯は母が未婚のまま18歳の時に生んだ娘で、父と結婚したのは母が24歳の時だった。それから今現在まで父は母を愛してくれ、真唯も実の娘同様に愛情深く育ててくれたのだ。

 本当に母も自分も最高の旦那さまと父上に巡り会えたと感謝している。

 それと同時に真唯は自分を責めていた。

 倒れた父が搬送された病院での事だ。病室のベッドで治療を受けている父の傍らで真唯はずっと謝り続けていた。

「ごめんなさい...お父さん、ごめんなさい...私のせいなの。私があんな事を言っちゃったから......!」

 それは、父が倒れる前日の事。

「真唯ももう20歳か」と感慨深く話す父に対し真唯は頭を下げて

「本当に今日までお母さんと私に愛情を注いでくれてありがとうございました」と父に感謝を述べたのだ。父は笑って「今生の別れじゃあるまいし、父さんはこれからも母さんの夫でお前の父さんだよ」と返してくれた。


「今生の別れ」まさかそれが現実になるなんて思いもせず。

 だから真唯は「私があんな...これっきりのような事を言ったからだ」と自分を責め続けているのだ。

 葬儀を迎えたこの日も、セミがけたたましい鳴き声を耳にしながら抱えている罪悪感は消えない。



 そんな時だ。

 数人の男女が喪服姿の母の元へとやってきて

「先輩」または「梨乃」と口々に呼んだ。

 母・梨乃は彼らを目にしたとたん「みんな...来てくれたの?」と声を震わせた。彼女に寄り添い「当たり前でしょ」と返すこの者たちは、母の高校時代の同級生と後輩だった。


(え?!)


 彼らひとりひとりを眺めているうちに真唯は驚いた。


 なぜなら彼らの中に、あの男性客の姿があったからだ。


(どうしてカフェのお客さんがここにいるの?)


 混乱している真唯をよそに「この子、私の娘なの」と母は彼らに真唯を紹介していた。それを受けて順番に自己紹介をしていく彼ら。

 そうしてやっと、あの男性客の番が。

 彼は「真唯さん、初めまして」と頭を下げたのちに「お母さんの後輩で笹倉涼祐といいます」と名乗った。一方の真唯も「初めまして。坪倉真唯といいます。今日は来て下さってありがとうございます」と言いながら(ささくら、りょうすけ...)と心で男性客の名前をつぶやいていた。


 初めましてではないのに「初めまして」。

 真唯はあのカフェで涼祐を眺めているひとりが自分だと気づかれていない事に安堵していた。












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