紙飛行機は濡れないままに
さーしゅー
前半
少女漫画に憧れた少女は、いつの間にか主人公になっていて、クラスの中心で大恋愛を、ドラマティックに演じている。
眩しい舞台上と暗い観客席。ステージの淵で二人の世界にラインが走る。
昔は違った。
同じ帰り道を並んで帰ったり、二人泥だらけになって笑い合ったり、時には結婚なんかしたりして。
でも、すべて昔のおとぎ話。
夕陽に映える川の上、僕は紙飛行機をつかんだ。
最後にと、思いを綴った恋文 渡す手前、君は言ったんだ、「もう幼馴染はやめよう」と。
僕は川に放った、誰にも知られないよう、どこまでも遠く、遥か彼方に消えてくれるように。
* * *
「幼馴染ってなんだと思う?」
「さぁ? 幼馴染は、幼馴染なんじゃないの?」
校庭の桜が散った頃、ほどほどに暖かい窓際の席。前の席に座る彼は、ふざけた様子もなく、興味なさそう答える。
彼は新しいクラスメートで最近仲良くなった近藤くん。席が近いからよく話すけど、今回に限っては相談する相手を間違えたと、心の中でため息をついた。
彼は難しい表情をしながら首を傾げたと思えば、突然表情をパッと明るくする。
「へえ? 新井さんのこと好きなの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
僕はたじろぎながら答えた。でも、その言葉はウソだった。
「でも、横川と新井さんは幼馴染なんでしょ?」
「幼稚園の頃から一緒だから、たぶんそうなんだと思う」
「わかった! 幼馴染っていうのは、横川と新井さんのことじゃん?」
彼はドヤ顔で胸を張った。だけど、よく考えてみると「幼馴染は幼馴染じゃない」としか言ってないような気がする。僕はやっぱりため息をついた。
「でも、新井さんって、木田くんと付き合ってるって、噂でしょ?」
彼が目を向けるので、つられて僕も目を向ける。そこに映るのは、仲良さそうに話している、木田くんと新井さん。ここ最近べったりのように見える。
二人は同じテニス部でもあって、次の大会について話しているのだろうか。
「まるでドラマの主役みたいだよね」
近藤くんがどんな意味でその言葉を発したかはわからない。でも、二人が並んでいると、とても華があるように映る。
「お似合いだよね……」
ふと新井さんがこちらを向く。
二人をぼーっと眺めていた僕と、バッチリ目が合った。突然のことで何も反応できずにいると、彼女の方から目を逸らした。
「で、結局横川的にはどうなの? 新井さん。ずっと一緒なんでしょ?」
「えっ……それは…………」
僕はその問いにたじろいだ。彼はその隙を見逃さず、ニヤリと口角をあげる。
「横川くんって! 新井さんのこと好きなの!?」
彼は周りに聞こえるよう、わざとらしく大きな声で口にした。僕は慌てて修正の声を重ねる。
「ただの幼馴染だから!!」
叫び終えてから、ふと我に帰る。本人に聞かれていたら恥ずかしい。僕は慌てて新井さんの方を振り向いた。
でも、彼女はこちらを気にするようなことなく、相変わらず仲よさそうに木田くんと話していた。
ホッとすると共に、やるせなさも込み上げてきた。
* * *
「こうやって横川くんと一緒に帰れる日が来るなんてね」
隣を歩く彼女は、どこか遠くを見るように夕陽を眺めていた。夕陽に照らされる彼女の表情が、僕の目にはどこか懐かしく映った。
「まさか、同じ高校に進学しているなんてね」
部活の帰りが一緒になったとき、家が近いのでときどき二人で帰っている。夏が近づいていても、この時間になると、肌寒い風が吹く。
「昔のように名前で呼び合ってみる?」
彼女はいたずら顔で僕をのぞきこむ。黒くて艶のあるポニーテールがゆらりと揺れる。
「それはさすがに……」
僕が激しく首を振ると、彼女は静かに笑った。
中学時代。思春期真っ只中で、男女という中に一番敏感で繊細な頃。小学生の頃のように二人いるだけで、とやかく言われて揶揄われていた時代。周りに流されて、僕達の関係には自然と溝ができていた。
高校になって、中学時代の知り合いが少なくなってから、ようやく話せるようになった。
でも、再び話せるようになるまでに、制服や容姿、さらにはこの関係さえ変わってしまっていた。
そして、それは気にしても仕方ないことだったのに、いつの間にか声になっていた。
「あの……新井さんがよく一緒にいる……アイツ。……好きなの?」
予想外の問いだったのか、それとも図星だったのか、彼女は戸惑ったように
僕は彼女の口元を息を呑んで見つめる。
「…………うん、まぁ」
小さな声でボソリとつぶやき、頬を朱く染める。
その色は夕日のせい。そう割り切りたかったけど、その恥ずかしそうな苦笑いと震える声が、確信を無理矢理に押し付ける。
彼女の反応は何一つ取り繕うことのない、「うん」や「はい」よりも、はっきりした反応だった。
「そう…………」
僕はかろうじて、言葉を絞り出す。
「こういう話をするのは恥かしいね……横井くんには好きな人、いるの?」
彼女は照れ隠しか、ぎこちなく笑った。その表情は見覚えがなくて、彼女が遠くに行ってしまったような、そんな錯覚さえ感じた。
僕は適当な頷きを返事にした。
好きな人ができること。それは自然なこと。僕だってそうなのだから。だけど、僕にはそれがどうしても飲み込めなかった。
気づけば逃げるよう足早になっていた。
「ねえ! 横川くんにとって幼馴染ってなに?」
後ろからの声で、ようやく彼女を置いて行ってることに気づき、足を止める。夕焼けが映し出す影のせいか、振り向いた先、彼女の表情は真剣そのものに見える。
その表情さえ受け入れられなくて、ぶっきらぼうに答えた。
「幼馴染は、幼馴染じゃない?」
「え~それじゃあ答えになってないじゃん!」
彼女は一瞬ぽかんとしたのちに、気が抜けたように笑う。
「私にとって、幼馴染はね…………『いかり』のようなものかなの」
「いかり? 船の?」
彼女は言葉に代えて、ゆっくりと頷く。
「……うーん。どういう意味?」
僕は、意味がわからずに首を傾げる。
「それは……秘密! 私もう家近いから。じゃあね」
彼女はそれだけ言い残すと、足早に夕焼けに溶けてった。
「いかり…………」
僕は小さくつぶやいた。
その意味をずっと考えているうちに、一つの答えが浮かぶ。
「いかりって……新井さんと木田が付き合う邪魔者じゃん……」
彼女は今にでも新しい海に出航したいのに、幼馴染という、僕と彼女のつながりが、怒りのように邪魔をして、出航できないという。
「しがらみ」その言葉が頭の中に響く。
春の夕陽は、僕にとって眩しすぎた。
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