【短編】平和

佐藤純

第1話 平和【前編】

「ロン!一盃口イーペーコードラ、もひとつドラ、役満だ!」

古びた雑居ビルの2階で、今日も大学生4人が麻雀に励んでいる。今は北野が勝ったようだ。


「クソっ!しかも親じゃねーか!」

北野のロンに振り込んでしまった東田は、苛立ちをぶつけるように、乱暴に点棒を引っ掻き回した。

手持ちの点棒を掴み取り、「とんだぜ!!今日はついてねぇ。」と北野の目の前に投げつける。


「おいおい、点棒にあたるな。たかだかゲームに一喜一憂するのはだらしないぞ。」

投げつけられた点棒を回収し、北野はひょうひょうと評する。


「北野、そこまでにしとけ。」

目の前の牌をジャラジャラと混ぜながら、東田の対面に座る西田がたしなめる。言外には、東田がまためんどくさくなるからやめとけ、というニュアンスを含んでいた。


北野は、そのニュアンスを汲み取ったのか、軽く息を吐いて、椅子に座りなおした。

「今日は負ける気がしない。もう半荘するか?」


北野はその宣言通り、意気揚々と牌を並べ始めるが、対面に座っていた南野がすっと立ち上がった。


「すまん、これからちょっと用事があるんだ」


「そうなのか?華祥で軽く食べようと思ってたのに。」

雀荘の一階に構える中華料理屋の名前を出し、北野は南野を引き止めようとした。


「あぁ、ごめん。また今度な。今日の酢豚はどんなだったか後で教えくれ。」

南野は中華料理と天秤にかけるまでもないのだ、ということをやんわりと伝え、代わりに、行くたびに味が変わる名物酢豚の感想を求めて帰る準備をする。


「そういえば、あの中華料理屋!こないだ酢豚にパイナップル入れてやがった!」

酢豚で思い出したのか、東田が悪態をつく。


「嫌いなのか?酢豚にパイナップル。俺はあり派だけどな。」

北野がまたしてもひょうひょうと意見をのべる。


現代人類の二代戦争の一ついってもいい酢豚パイナップル論争だが、ここで火種が勃発か?と、ニヤっとしながら西田が少し前のめりになる。


俺たちのような崇高で暇な大学生は、使い古されて手垢まみれの話題でも、自分達が話せば全然違う新鮮な料理に早変わり、と信じているのだ。


「いや、なんかアレルギーなんだ。」

苦虫を噛み潰したような顔で東田は答える。


「パイナップルにもアレルギーあるんだな。」

勃発すると思った戦争は、あっけなく終了した。この手の論争は、あくまでどちらも単品素材として好きな者同士でするのが一番楽しいものだ。


「じゃあ、帰るよ。」

帰る支度をすっかり終えた南野が出口に向かっていった。


――


外に出ると雪が降っていた。

ビシャっとしたまとまりのない雪が、頬に当たってすーっと落ちる。土と混ざったドロドロの雪を踏みしめながら、近くの下宿への帰路に着く。シンと静まり返った深夜の街に、救急車のサイレンが遠くの方でけたたましく響いているのが聞こえた。


寒い、と思ってコートのポケットに手をいれると、百点棒が入っていた。どうしようかな、と思案して立ち止まったが、来た道を戻ろうとはしなかった。まぁいいだろう。きっと今日はそれどころではない。


北野と西田はどんな反応をしただろうか。あの二人には申し訳ない事をした。けれど、東田がいけない。


あんな彼女を見ているのはもうたくさんだった。

東田はいつからか半グレ集団と付き合うようになり、はぶりがよくなったが、だんだんと苛立ちを隠さないようになり、情緒不安定になっていった。

留学したいんだよね、という東田の夢を支えようと、献身的に付き合っていた彼女をあんな風にしてしまったのを、俺は許せなかった。ひまわりみたいな笑顔の女性だったのに。


大丈夫だ、俺は容疑者にはならない。北野も西田も、もちろん。ただ、これから事情聴取がなされるだろう。


下宿に着く頃に電話がなった。

単調なコール音は、深夜の閑静な住宅街に響きわたる。


「南野さんですか?警察ですが、先ほどの雀荘に戻ってもらえますか。」

「え?何かあったんですか?これは西田という友人の携帯なんですが…。」

「ご友人の東田さんが、お亡くなりになられました。少し事情をお聞きしたいです。」

「え?東田が?さっきまで一緒に麻雀を打っていたんですよ?とにかく、今から戻ります。」


ー後編に続くー

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