第129話 ダンスの練習
「お願い。リリアナさんだけが頼りなの」
「と、言われましても。どういう状況なのでしょうか……」
そう、リリアナはベラサグンの貴族令嬢である。当然ダンスの心得もある。
ソフィアがダンスもできないポンコツ貴族であったので、ダンスの先生にリリアナを招待したのだ。
イレーナには学園で仕事があるので屋敷は自由に使っても良いと言われている。
広めのリビングは椅子やテーブルをどかせばダンスの練習には最適である。
ちなみにハインド君もポンコツであった。生前はエフタルの名門貴族と本人は言っていたが、実は女性の手を触れたことも無いとのこと。
そんな彼にダンスの知識があるとは思えない。
そして、それ以上の言及はさすがのルーシーでも可哀そうだと思ったのだ。
「リリアナさん。お願い、どうか、私にダンスを教えて。そうだ、御礼にドラゴンロードの名をリリアナさんに授けてもいい」
何が授けても良いのか困惑するリリアナ。
「ちょっとルーシーさん、ふざけてないで、って、その姿勢は何なのですか?」
床に額をこすりつけながらお願いを続けるルーシー。
リビングの床は埃一つなく掃除されており、汚くはないが、それでも良い事とは思えない。
だがセシリアの感想は違った。
「おお、リリアナさん。ルーシーさんのあれは土下座という。モガミの里では最上位の服従のポーズ。なるほど、ドラゴンロードも土下座をする。これは母上に報告しなければ……」
「……なるほど、これが噂に聞く土下座なのですわね。って今はそんな話はどうでも良いでしょ!」
ボケとツッコミのテンポの良さにさすがのリリアナも少し引き気味である。
同時に少しだけ取り残されている自分に寂しさを覚えるリリアナ、夏休みを境にこの三人の仲の良さにほんの少しだけ嫉妬心を覚えたのだ。
「あのー、皆さんふざけてるんですか? ……その、私だって年末はダンスパーティーに呼ばれてて、私だって練習したいのに……」
そう、子爵家の長女であるリリアナだって忙しいのだ。彼女も年末のパーティーでいよいよ社交界デビューの予定である。
幼馴染のアイザックと婚約の儀式もある。卒業したらアイザックの家に嫁ぐ話まで家族間を交えて進んでいるのだ。
土下座のポーズを止め、立ち上がるルーシーはリリアナに質問する。
「あれ、リリアナさん。そのパーティーってもしかして、これ?」
ルーシーは、ニコラスが持ってきた宮中パーティーの招待状を見せる。
それは皇族の印が押された立派な封筒に入っており、それだけで大事のような雰囲気を思わせた。
「ええ! ルーシーさん、それって。あ! そっかー。やっぱり殿下はルーシーさんを選んだのね。
うふふ。素敵。……こほん。分かりました。私でよければ、喜んでお手伝いさせていただきます」
リリアナは上機嫌でダンスの講師を快諾した。
…………。
……。
一日が過ぎた。
「ふう、ルーシーさん。不味いですわ。これではパーティーで恥をかいてしまいます。
残された時間はあとわずか、ダンスの基本を知らないルーシーさん、ほんとに不味いですわ。せめて当日のパートナーと練習すればなんとか形にはなりますのに……」
リリアナはルーシーの運動音痴奔は知っていた。レンジャーの授業で何度もドジをするのを見ていたのだ。
それこそロープ相手にクルクルとダンスを踊っているのを見て、アラン先生もどうしたらいいかあたふたするほどだ。
「ぐぬぬ、我にパートナーなどおらん! ……だが、恥をかくのはいやだぞ、うぬぬー」
ルーシーは思う。
なぜ自分は運動音痴なのか、弟は抜群の運動神経を持っているというのに。
悔しさのあまり普段は抑えているドラゴンロード口調になるのも気付かないでいた。
リリアナはふと疑問に思う。
「あれれ? ルーシーさんのパートナーっているじゃないですか?」
「え? どこに? 初耳だぞ」
本当にルーシーは気づいていないのか。先が思いやられる。
リリアナは机の上に置かれた招待状を指さす。
そう、ニコラスの招待状でパーティーに参加するのだ、パートナーは当然ニコラスだ。
「あ、そうか、なら話は早い。殿下のお家の場所は知ってるし明日つれてくる。なーんだ、最初からそうすればよかった、わっはっは」
先ほどまで、へとへとになっていたルーシーだが、希望の光が見えたのか元気よく仁王立ちのポーズを取り大きな声で笑った。
「……ねえ、ソフィアさん、ルーシーさんってニコラス殿下のことお慕いしてるんじゃないの? その、恋する乙女的な恥じらいとかないのかしら……」
「うーん、そーねー。リリアナさんもそう思うわよねー。まあ、それは今後のルーシーさん次第ですわ」
「そう、ルーシーさんもいつかはデレるはず。私はそれが楽しみ。……でもそうはならないのかも。それでもルーシーさんはルーシーさんだから良いの」
リリアナにソフィアも、セシリアの意見に同意だ。
きっとルーシーは大人になっても、そしてニコラスと結婚してもしおらしくはならず、あのままでニコラスを尻に敷くのだろう。
そんな未来を、元気よく笑うルーシーを見て容易に想像が出来たのだ。
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