第128話 殿下再び

 暖かい湯船に三人の少女が浸かる。


「ぶぶぶー、生き返るー。まさか、朝風呂がこんなに気持ちいいなんて」


 ルーシーは特に顔に雪玉をくらったため、先程から湯船に顔を沈めては息継ぎを繰り返す。


「ほんとですわ。体の芯から温まりますわ」


「二人とも、このあとイレーナ先生からお説教、覚悟しないと」


 湯船につかる三人の少女、ルーシー、ソフィア、セシリアの冷え切った体は再び熱を取り戻す。


 そう、ルーシー達は行き過ぎた雪合戦の末、かなり危険な状態になっていた。


 ジャンとアンナがイレーナに報告していたため一命を取り留めていたが、報告が無ければ危険な状況であったのだ。


 ルーシー達は雪をなめていた。


 イレーナとアランの家は学園のすぐ側にある。

 学園の教員に割り当てられた物件である。


 アランとイレーナは親子ということで少し大きな一軒家を割り当てられていた。 

 当然大きなバスタブ完備である。


 風呂から上がるルーシー。


 この後のイレーナが怖い。

 だがソフィアやセシリアを巻き込んだのは自分だ、ここは先に謝るべきだ。

 いち早く謝罪をすべきだと髪を乾かすのも忘れてリビングへ向かう。


 リビングは暖房が効いており暖かい。早朝でこれから出かける前なのにルーシー達の為に部屋を暖めてくれていたのだ。


「あの……、イレーナ先生、ごめんなさい、調子にのりました、それに皆を巻き込んでごめんなさい」


 素直に深々と頭を下げるルーシー。


「ふー、言いたいことはあるけれど、まあ、ルーシーちゃんはベラサグンの冬は初めてなのよね、はしゃぐのも分かるわ。

 後でジャン君やアンナちゃんにも御礼を言わないとね。……あと服を着なさい。裸で謝られても先生困っちゃうわ」


 そう、ルーシーは髪を乾かすどころか一糸まとわぬ姿だった。


 コンコンと玄関からノックの音がする。

 イレーナはとりあえず服を着なさいとルーシーに言うと。

 来客対応をするために玄関に向かう。


 扉を開けると目の前にはニコラス殿下が立っていた。


「あの、イレーナ先生。早朝から突然の訪問、申し訳ありません。

 ……その、先生とアラン先生はルーシーの保護者であると伺って、今日はお願いがあってまいりました。

 俺。いや、ニコラス・カルルクはルーシー・バンデルを年末の宮中パーティーにお誘いしたいと思いまして。保護者である先生に許可を得たいと……」


 ルーシーは玄関から聞こえるニコラスの声と自分をその宮中パーティーとやらに誘いたいということに驚く。


「え? 殿下、なんで私を?」


 ルーシーはそのまま玄関に顔を出す。


「えっ! ル、ルーシー・バンデル。なんで裸でいるんだ!」



 ◇◇◇



 ニコラスは招待状をイレーナに渡すと、真っ赤になりながらイレーナの屋敷を後にする。


「ルーシーさん、グッジョブ。宮中パーティーに誘われた。相手は皇子様、バラ色の人生。それに追い打ちの女体攻撃。これはもう既成事実。婚約不可避」


 セシリアは綺麗な黒髪を乾かしながらルーシーに親指を立てる。


「むー、セシリアさんまでそう言う。裸を見られただけで結婚するんだったら、私はグプタにたくさん婚約者がいるぞ、お父様にレオに、ジャン君に……」


「昔の話は別、それにルーシーさんは大人になった。肝心なのは相手がその気なのが大事。殿下は本気よ。ルーシーさん。殿下は嫌い?」


「うーむ、嫌いじゃないけど、……むー。恋愛ってよくわからない……」


「なら、よろしいんじゃないですの? 殿下が嫌いじゃないなら、お付き合いしてみてもよろしいのでは?」


 ソフィアは髪の毛のクルクルを作りながらルーシーに言う。


「うむむ、でもニコラス殿下と付き合ったらお父様が何というか。殿下の首が心配……」


 そう、クロードはニコラスについて色々と手紙でも言及があった。


「それは……まあ、……あのクロードさんが怒るとは思いませんが……うーん、その時はルーシーさんが殿下を守るしかありませんわね……とりあえずは前に進まないと」 


「そう、ルーシーさん。まずは殿下の気持ちに答えるのが大事。このままだと殿下が可哀そう」



『ふ、そうだぞ、つがいを持てルーシーよ。ふははは』


 偉そうな、謎の声が聞こえた。

 ソフィアやセシリアには聞こえていないようだ。


「うん? なんか、変な声が……うーむ、たしかに、なら、お友達からということで……」


「よろしいですわね、最初はそれでいいのよ。ではダンスパーティーの準備を、ドレスはありますわね、そういえば殿下はルーシーさんにドレスをプレゼントしてましたわ。素敵ね」


 確かにドレスは貰った。試しに一度来て以来ずっとクローゼットにしまったままだったが。

 だが、同時に聞き捨てならない単語が聞こえた。


「ちょ、ちょっとまって。ダンスってなに? ……私踊れないんだけど」


「え? あ、そうですわね、練習しないと。えーっと、大変! 宮中パーティーは来週ですわ!」


 宮中パーティーは現皇帝陛下が主催するパーティーである。

 ダンスは必須スキルだ。

 だがニコラスは気がはやるばかりでルーシーが平民だということに思いを馳せる余裕などなかったのだ。


「イレーナ先生、大変。私にダンスを教えてください!」


「え? ああ、えっとー、うふふ。私じゃ役に立たないわねー」


 イレーナもダンスは踊れない。

 ソフィアも貴族でありながらダンスはできないとのこと。


「なら、アランおじさんは? 凄腕のレンジャー……」


「ルーシーちゃん。パパは身体能力は凄いけど、ダンスは無理よ……あと言ってる途中であきらめるのは失礼よ?」


 ルーシーに最大の難関が訪れた。一週間以内にダンスを覚える必要ができたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る