第125話 暖炉
いよいよ雪が本降りのようだ。風が無いだけまだましであるが気温はすでに氷点下を越えている。
「おお、久しぶりに大雪じゃのう。グプタの海もよいが、ベラサグンの雪景色もまたよいものだ」
ルカは窓の外を眺めながら、再び薪を暖炉にくべる。
ゆらゆらと揺れる赤い炎は部屋中に暖かさを提供してくれる。
「あのー、ルカ様。ここには魔法機械の暖房はないんですか?」
ルーシー達が住んでいる寮の各部屋にも暖房はある。ベラサグンの冬は過酷であるため今では余程の貧乏でなければ必ずあると言ってもいい魔法機械である。
だが、先程からルカは暖炉に薪をくべている。
「ああ、この家には魔法機械は一切ないよ。たまには魔法機械から離れて生活しないと新たな発想に繋がらんしのう。
それに暖炉の火は良い。火の面倒を見るのは実に面白いぞ? そう言えばルーシーちゃんはヘルファイアを失敗したんだったな。ちょうどよい、じっくり火を見て感覚を掴むとよい」
ルーシーは暖炉を見るのは初めてだった。グプタは年中温暖な地域だ。暖炉がある家は憧れでもあった。
「はい! 私、薪とかくべるの憧れだったんです」
「まあ、毎日となると面倒くさいから今では魔法機械を使うのが当たり前だがのう、だが楽しむには暖炉が一番じゃて」
ルーシーは暖炉に薪をくべるのに夢中だ。メラメラと燃える綺麗な炎、新しい薪はぱちぱちと音を立て火の粉を飛ばす。
ずっと見てても飽きない。
カラン、カランと玄関のベルが鳴る。
「ルカ様、お客様がいらっしゃいました」
「ふむ、そのようだのう。おい! マーガレットよ、起きろ! まったくババアはこれだからのう」
「ふぇ? ……寝ておらんわい! それにお前の方が数か月年上だろうが! ……しかし、リラックスしていたのは否めない。まるで南国のようだったからのう。というか、少し暑くないか?」
確かにと、ルカは暖炉の方を向く。
「おいおい、ルーシーちゃん。薪をくべすぎだぞい!」
暖炉はまさに太陽のようにメラメラと燃えていた。
「あ、つい調子に乗りました。ごめんなさい」
セバスティアーナが玄関の扉を開くと、お客たちは雪を払いながら屋敷に入ってくる。
オリビア陛下に、イレーナ、アランである。
「あら、ルカ。今日は南国のパーティーかしら、こんなに冷え切ったベラサグンがまるでグプタのビーチみたいだわ」
「おう、すまんな。グプタの妖精が悪戯したからのう……」
ルーシーのことだ。
さすがに暖炉の炎の大きさから言い訳できない。
外から入ってきた客たちはその温度差に驚く。
だが、冷え切った身体を温めるのにはちょうど良い。
各々がコートを脱ぎ暖炉に近づく。
「ふむ、せっかくの常夏だからのう。こういう時は冷たいものを食べるのも贅沢のひとつかのう。セバスちゃんよ、なにか冷蔵庫に入ってないかのう?」
「さすがに、この季節にそんな物はないかと……」
セバスティアーナがそう呟くと、再び玄関の扉がひらく。
「セシリアちゃーん。アイスクリームを買ってきたよー」
シリウス・ノイマン。元帝国宰相。現在はレストランの経営者、そしてセシリアの父親。
彼はカップに入った小さなアイスクリームが大量に入った箱を持っていた。
アイスクリームは冬場の輸送コストが大幅に下がるため、案外と売れ筋商品なのだ。
暖房の効いた部屋で冷たい食べ物の魅力は格別であると言える。
「ノイマン……登場するなりそれですか。さすがに皆さんドン引きですよ?」
「そう、陛下のおっしゃる通り、父上は相変わらずで恥ずかしい。最初のセリフが娘の名前とか、ほんと恥ずかしい。せめて母上からにされては……」
「ふふふ、セシリアちゃん。もちろん私の一番はセバスティアーナだが、もう一つの一番はセシリアちゃんだよ。一番は二つあってもいいのだ。
でもいつまでも夫婦がイチャイチャしてたら恥ずかしいだろう? そういうのは二人だけの時にするのがベテラン夫婦というものだ」
ノイマンさんは何を言っているのだろう。ルーシーは理解できないでいた。
だが一つ心当たりはある。
「ベテラン夫婦……、うちの両親はところかまわずイチャイチャしてた……。むー、たしかに恥ずかしいかも」
ルーシーの両親。クロードとクリスティーナはグプタでも有名な仲良し夫婦だ。いつまでも新婚気分でいいですねとご近所から言われる程度には。
だが、それは恥ずかしい事だったのだ。
「ルーシーさんのご両親は素敵だったから大丈夫ですわ。絵になるカップルはそれでいいのよ……たぶん」
フォローをするソフィアであったが、振り返ると自分の両親もそうであったのを思い出した。
そして母はツンツンデレデレと、まあ恥ずかしい態度を取っているのだと。
少しの間無言の雰囲気だったが。
ノイマンは箱を開けアイスクリームを全員に配る。
セバスティアーナは全員分のスプーンを用意する。
「ふむ、これでチーム、オリビアは揃い踏みかのう。では本題に移ろうではないか」
「はい! その前にイレーナ先生、私、反省文が書けました! ぜひ見てください」
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