第118話 ニコラスの恋愛相談

 休日。

 オリビア学園は休みだが、皇室騎士団に休みはない。

 皇室騎士団の主な任務は皇帝の警備に始まり宮廷内の治安維持や、貴族間のトラブルへの介入など多岐にわたる。


 日々書類仕事に忙殺される彼らは剣を高らかに掲げる騎士の姿とは遠い。

 だが、仕事とはそういう物で、むしろ剣を使わないことこそ平和の証であるという矜持を持っていた。


 そんな騎士団長の執務室に珍しい客が訪れた。


「兄上、ご相談があります! ……俺には好きな女性が二人いるみたいです……」


 皇室騎士団団長、ウィリアム・カルルクはカルルク帝国の第三皇子でありニコラスの兄である。

 彼はオリビア学園騎士学科を卒業後、最年少でパラディンの称号を得る。

 魔法の才は無かったが、剣の技術に作戦指揮能力はさることながら、何より同僚や部下からの信頼は厚く帝国随一の人格者であると称えられている。


「ニコラス、分かった……。ここでは人の目があるし少し外を歩こうか。俺も例の事件の捜査本部が解散されて少し暇なんだ。結局お前を呪ったやつの尻尾すら掴めなかったよ、悪いな……」


「とんでもありません。俺こそ、突然ご迷惑をおかけして……」


 騎士団の詰所を離れ街に繰り出す二人は、しばらく無言で歩く。

 今日も帝国は平和だった。ウィリアムはこの光景を見るだけで満足と言わんばかりに深く深呼吸をする。


「さて、我が弟が真剣に相談にきたのだ。兄としては真摯に受け止めよう。で? 好きな女性が二人とは……あまり穏やかではないが……とりあえず言ってみろ」


「はい、その一人は、兄上も知ってる娘です。責任とかそう言うのではなく、俺の本心からそう思えるようになりました」


「ふむ、ルーシー・バンデルか。実は俺の方でも彼女のご家族については調べさせてもらった。

 彼女の父上クロード・バンデルはグプタの警備隊長だそうだな。剣の腕前は英雄王カイルと互角という。

 そして母クリスティーナは元エフタル共和国最高議長だったそうだ。平民とはいえ、その経歴は下手な貴族よりも余程尊いといえるな。

 そんなご息女を皇族に迎えることに異を唱える者は誰もおらんだろう。むしろグプタの名家と縁故を持つことは好ましいと言えるしな。


 ……で、弟よ。もう一人は誰だ? まさかソフィア・レーヴァテインか? だとすると政治的に問題大ありだが……」


「いいえ、違います。実は、その方について俺にもよく分からないのです。なんと説明しましょうか……」


 ニコラスは正直に話した。

 例の事件のときに自分をハヴォックの呪いから解き放ってくれた、地獄の女監獄長。

 黒い魅惑的な衣装に身を包んだ彼女がたびたび夢に出てきては自分を誘惑する。忘れようとしても忘れられないと。

 そして、いつの間にか彼女を身近にいるルーシーに重ねてしまっている自分が情けないと。


「そうか……。それだと難しいな。現実にいる女性ならまだしも、何者かも分からんのだろう? 深淵の住人との事だがマーガレット先生ですらその存在は懐疑的だと言うではないか。

 ニコラスには酷な話だが、その方を待っていたら何年先になるかわからんし、一生見つからないかもしれん。その間にルーシー・バンデルはお前を見放すぞ? お前はそれでいいのか?


 ……まあ、お前はまだ若いし、しばらくは自分の気持ちについて考えるのもいいだろう。だがいつかは結論をつけなければならない。

 そうだな。この際だし、ルーシー・バンデルを娶ってからその女性を探せばいいではないか?」


「兄上……、さすがにそれはどうかと、皇室の倫理として問題が……」


「はは、そうだな、だいぶ外聞が悪いな。だが父上がたまたま側室を持たなかっただけで、先々代以前のカルルク帝国の皇帝には側室を迎えた方々も多くおられた。

 まあ、そういう事も出来るってことだ、最終的に決めるのはお前だ、青春とは良いものだな。はっはっは」


 そして思い切りニコラスの背中を叩くウィリアム。

 少しせき込んだが、兄の激励に少しだけ気持ちが楽になったニコラスだった。

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