第57話 憎悪の君の祝福④
ソフィアの前に出現した黒い騎士。
彼女の召喚した亡者の処刑人は巨大な剣を床に刺したまま腕を組み命令を待っている。
ソフィアは、片膝をつくも、呼吸を整える。額から汗が流れ落ち、地面を濡らす。
「はぁ、はぁ……ふぅ。……成功したわね。処刑人に命ずる! ルーシーの従者ハインドと協力して目の前の騎士の首を取れ。あと、追加で命令……私が意識を失った場合の指揮権は盟友。ルーシー・バンデルに委ねる……」
ソフィアはそう言うとその場に倒れた。
「ソフィアさん!」
かろうじで意識はあるがソフィアは全身汗びっしょりだった。ルーシーは魔力枯渇という症状を初めて見た。
ルーシー自身も魔力枯渇を経験したことはあるが、少し眠くなるだけで、ソフィアのように満身創痍になったことはなかったのだ。
イレーナが言うには大多数の魔法使いは魔力枯渇を起こすと、こういう症状になるとは聞いていた。
だが、やはり現実を見ると動揺を隠せなかった。
『マスター、ソフィア嬢はそのまま安静にしておいてください。では、マスター。ソフィア嬢は見事、貴族の役割を果たしました。我も行動を開始してもよろしいですかな?』
「うん、お願い、私はどうしよう……」
『マスターはソフィア嬢の看病を。魔力枯渇は魔法使いにとっては最大のピンチです。
そうですな、ちょうどバッグにポーションがありましたね? それをソフィア嬢にゆっくりと飲ませてください。ではこのハインド、マスターにいい所を見せたいと思います』
ハインドは、ソフィアの召喚した亡者の処刑人に合図をする。
亡者の処刑人は床に刺さった大剣を引き抜き構えをとる。
ルーシーは自分のバッグから、今日の授業の後にイレーナから貰った魔力回復に効果のあるポーションを取り出した。
それは元々はルーシーの魔力枯渇を心配したイレーナが渡したものだった。
だが元気いっぱいのルーシーには必要なかったためバッグにしまっていたのだが、思わぬところで役に立った。
横たわるソフィアを少し抱き上げ、ポーションの瓶の蓋を開けると少しずつソフィアの口に運ぶ。
ニコラス殿下は相変わらずその場でうずくまっている、自分に取りついている怨霊と戦っているのだろう。
おかげでニコラスの亡者の処刑人には命令が無く、その場でじっと待機している。おそらくは部屋に侵入したものを攻撃する命令しかされていないのだろう。
だが、それも時間の問題だ。ニコラスの顔色は悪い。そろそろ限界だろう。
次の瞬間。ソフィアの召喚した亡者の処刑人は剣を振りかぶり、敵の亡者の処刑人に斬りかかる。
剣と剣の戦いが始まる。模擬戦ではないし、使っているのは木剣でもない。
ルーシーは息を呑む。
剣士の戦いはキンキンキンと剣を交える優雅な戦いだと思っていた。
だが違った。
ガコン! バキン! ガン! 重たい音しか聞こえない。
どちらかと言えば、グプタの造船所で同じ音を聞いた記憶があった。大きな船を作るときに聞こえる巨大な鉄の塊がぶつかり合う音だ。
二体の亡者の処刑人、性能は同じ。互角の剣の戦いが続く。
ハインドは後方支援だ。
『ふむ、敵の大将ニコラス殿は未だにうずくまっているようですな。ならば状況は二対一。このハインド。マスターとソフィア嬢の期待に答えて見せましょう。行くぞ! ストーンウォール!』
ストーンウォールは石の壁を作る中級魔法。主に防御に使われるが、ハインドは敵側の亡者の処刑人の足元に展開した。
当然だが、亡者の処刑人には魔法は効かない。石の壁は処刑人に触れると直ぐに崩れる。瓦礫にもならずにストーンウォールは砂粒一つ残さずに消滅した。
『ふむ、やはり直接魔法をぶつけると無効化されるか……なるほどな』
二体の亡者の処刑人は剣と剣をぶつけ合う。
そして、お互いに渾身の一撃を撃ち合うと。剣と剣が弾かれ一瞬だけ空白の時間が生まれた。
『今だ! ストーンウォール! 処刑人よ! 攻撃を止めろ! 次のタイミングまで待機せよ』
両者の間に石の壁が出現した。敵側の亡者の処刑人は、剣で石の壁を砕く。当然ストーンウォールは崩壊する。
『重ねてストーンウォール! さらにストーンウォール! またまたストーンウォール』
ハインドはストーンウォールの魔法を亡者の処刑人が持つ剣に向かって連続で放つ。
魔法が効かないとはいえ、亡者の処刑人の剣は石の壁を破壊するのに一瞬の隙が出来た。
拮抗する剣士同志の戦いにおいて、剣の動きを一瞬だけでも止めると言うのは実に効果的だった。
次の瞬間。ソフィアの召喚した亡者の処刑人は、敵の亡者の処刑人の首を刎ねた。
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