第37話 首都ベラサグン
いくつかのオアシス都市を越え、砂漠の風景はいつの間にやら草木が生えている草原に変わっていた。
「ついさっきまで砂漠だったのに。不思議……」
「いやー。ほんとっすね。昔は徒歩で縦断してたっすから、そこまで劇的な変化は感じなかったっすが。お嬢の言うように確かにっす。……さて、そろそろカルルク帝国の首都ベラサグンに到着っすね」
しばらくすると目の前には巨大な都市の外壁が見えてきた。
砂漠を渡ること、おおよそ三日。ずっと高速馬車に乗りっぱなしだった。
でも予定通りに到着したので文句は言えない。観光に来たわけではないのだ。
外壁の門で通行許可を取ると、街の中に侵入する。
高速馬車は中央通りの繁華街で止まるとアランは言った。
「お嬢にイレーナ。ここで少し時間を潰しててくだせえ。俺っちはこいつを返してくるっす。小一時間はかかるっすから。その間に買い物でもしててくだせえ」
二人が降りると、アランの乗った高速馬車はそのまま街の中央部にある、大きな建物が密集している場所に向かって行った。
「高速馬車はカルルク帝国の持ち物ですので、返却には少し時間が掛かりますね。馬車の走行試験の報告とかありますし。パパは小一時間かかるって言ってたけど。もっとかかるかも……」
「うーん、それは困ったわ……」
ルーシーはこんな大都会の経験はない。
グプタの財政は豊かではあるが。田舎である。
リゾート地でもあるため自然と人工物が絶妙なバランスを保っているのだ。
それに比べ、こんなにも高い建物が隙間なくびっしりとそびえ立つ街を見たことがない。
緑と言えば所々にある街路樹くらいである。そして海がない。
かろうじで水路がある程度だ。小舟で荷物を運ぶ人々を見ながら、ここは外国なのだとあらためて実感した。
「じゃあ、ルーシーちゃん。パパも言ってたし。とりあえずお茶でもして、リフレッシュしてから、少しお買い物でもしましょうか。それに街を案内したいわ!」
「イレーナさんはベラサグンに詳しいんですね」
「うーん、詳しいと言えば詳しいけど、まあ、長期間住んだわけでもないし。でも大体は分かる。さあ、ここで突っ立っててもしょうがないし、さっそく行きましょう!」
◇◇◇
カフェを後にするルーシーとイレーナ。
「あのー、イレーナさん。奢ってもらってばかりですけど。良かったんですか?」
「うふふ、ルーシーちゃん。安心して? クロードさんからは黙ってるように言われたけど。秘密にするとルーシーちゃん萎縮するから言っちゃうね。
お金はクロードさんから結構貰ってるのよ。護衛の報酬と、あと、保護者代理としての今後の費用とかもね。
あんまし大金をルーシーちゃんに持たせるのも心配だし。だからルーシーちゃんに奢っても私は何も痛く無いのよ。……それにしても聞いてた印象と違うわ。ルーシーちゃんはかなりのお転婆って聞いてたから」
「そ、それは。……その、若気の至りというか。ちょっと恥ずかしいというか」
ルーシーは年上の大人と接する場合はおとなしい少女になる。
所謂。人見知りである。
「あっはっは。12歳なのに何言ってんのよ。そんなこと言ったら18歳の私はなに? おばさんってこと?」
「い、いえ。そんなことは。イレーナさんは綺麗だし。そういえば、イレーナさんって。お母さん似なんですか? アランおじさんとは髪色が違うし」
あえて顔とは言わない。そんな失礼なことは言ってはいけない。しかしルーシーは思う。
イレーナさんはとても美人だ。でもアランおじさんはお世辞にも……。
「うーん。そうかも。まあ、私は母の記憶が無いから。……あ! 気にしないでね? 記憶が無いから別に何とも思ってないし。パパは顔は悪いけど性格はいいからね。
どうせならクロードさんみたいなイケメンが良かったけど。パパはパパでカッコいいし。ルーシーちゃんもそう思うでしょ?」
「はい。アランおじさんはカッコいいです。普段の口調から、いざという時のギャップがとてもカッコいいと思います!」
「うん。ありがとう。さて、じゃあまず。入学に備えて制服を買いにいかなくちゃね。パパが着いたら、魔法道具とかその辺を買うとして。
先に衣類を買っておきましょう。パパの顔で女性用の服屋に入ると事案になってしまうから……」
「事案になってしまうって。実際に何かあったんですか?」
「うん。私の服を買ってくれた時にね? 変質者に間違われてね……。確かにパパは職業柄周囲をよく見ているけど。私が着替えている更衣室の前でそれをしてたら警備兵が来ちゃったのよ……」
「あ、ああ。そうですね。レンジャーの職業病ってやつですね。 でも娘が着替えている更衣室の前で周囲を観察するってさすがにやりすぎじゃ……」
ふと、父、クロードを思い出す。あれ? お父様も同じことしてたけど何もなかった……。なんで?
そんなルーシーの疑問に構わず。イレーナは嬉しそうに語る。
「そう、最初は私も呆れて怒ったんだけど……。今ならわかる。パパは私が一番無防備になっているときに。警戒網を広げていたという事だから。今ではいい思い出よ」
ルーシーは、イレーナとアランおじさんの絆というか、間抜けだけど優しい素敵なエピソードを聞けたので、故郷に対する寂しい思いを少しだけ忘れることが出来た。
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