第36話 初体験
相変わらず外の景色は砂漠が続く。
だが早朝の砂漠はまた違った趣がある。
早朝の岩石砂漠はまだ涼しく、地平線に広がる広大な砂漠が薄い霧に包まれている。太陽が昇り始め、その光が霧に反射されると、まるで幻想的な世界に迷い込んだような感覚が広がる。
高速馬車は今日も砂漠を走る。
途中に大きな岩山が見えてきた。
「お嬢。こっからは魔物がでますぜ。お嬢は初体験でやんすね。緊張せずに楽しんで下さいや」
アランがそう言うと高速馬車は急に動きを止める。
「パパ、どうしたの?」
「いやあ、ちょっと道端にっすね。ほら、昨日食べたあれっすよ。お嬢が美味しいといってたデスイーターの死骸っすね」
高速馬車の先には巨大なサソリの魔物の死骸が横たわっていた。
ルーシーは初めて見た。昨日食べた高級な海老料理の味がする魔物の正体を……。
「デスイーターってこんなにデカいサソリだったのね。カッコいい!」
ルーシーは別に虫嫌いというわけでもなかった。
「ルーシーちゃん分かってるー。それにね、このデスイーターの身は美味しいけど、それだけじゃない。実はこの死骸にも価値はあるのよ? ちなみにカッコいいってどこがカッコいいと思ったのかしら?」
「うーん、この尻尾の針かな。槍みたいでなんかすっごく強そう。もしかして価値ってこれの事ですか?」
「正解! さっすがルーシーちゃん。この針はとっても価値があるの。武器に加工したり今では魔法機械にも使用されるからこの針は高く売れるのよ。
高価な素材だから所有権はうるさいけど。これは魔物に殺されたから、所有権は私達でいいんでしょ?」
「イレーナよ。説明感謝っす。さて、お嬢に質問っす。では、この死骸の本来の所有権は誰なんでしょう?」
「魔物? でも、いないから私達でいいんじゃないの?」
「それもそうじゃないんっすよね。ほら、その所有権を主張するやつらが数匹。……おそらく五匹っすね。来てますぜ」
アランは。荷台から大きな弓をとりだす。
「今のところは所有権を持ってるのはデザートウィングっすね。奴らの戦い方は数匹で囲って疲弊させてから、じわじわとダメージを与えて後は死ぬまで待つといった習性があるっす……そこに俺っちたちが出くわした。
つまり俺っち達は奴らにとっては新たな獲物ってことっす。じゃあやりましょうや。イレーナ。準備は良いっすね」
デザートウィングは巨大な鳥型の魔物である。
カルルク砂漠にいる魔物の中ではデスイーターと同じく有名で人類にとって厄介な存在。たびたび商隊に襲い掛かり被害をもたらすのだ。
アランの言葉を聞くとイレーナは腰の剣を抜く。
「来てるって? どこに?」
空をぐるっと見回すルーシーには何も見えない。
「ルーシーちゃん。パパの感知能力は半端じゃないわ。私にはその才能がないから分からないけど。そろそろ来るわ。どうする? ルーシーちゃんは高速馬車に隠れてる?」
「イレーナさん、心配ご無用。いでよ! ハインド君!」
ボン! ローブを着た骸骨が登場する。その速度は前よりも早く、一瞬でルーシーの目の前に出現した。
『我がマスターの招集により――』
「省略! 今は挨拶はいい。魔物が来てるから臨戦態勢よ。とりあえず、アランおじさん。私は何かできますか?」
一番の見せ場である挨拶を中断されて、少ししょんぼりするハインド。
「まあ、ハインドっちはお嬢を守るっすよ。お嬢は敵をよく観察するといいっす。勉強になるっす。お、来た! イレーナ。見えるっすか? ではやりますよ。お嬢にいい所みせるっす」
「はい、パパ。では行きます!」
ルーシーは何とかこちらに接近してくる、空に映るゴマ粒のようなデザートウイングを確認した。
細身の剣を抜くイレーナは剣を水平に構え魔法を唱える。
「フォトンアロー!」
光の矢が剣の先から前方に見えるゴマ粒のようなデザートウィングに向かって放たれる。
「うーん、ハズレ、惜しいっすね。まあ練習あるのみっす」
「ごめん、パパ、この距離じゃ無理よ。もっと接近戦にならないと」
「甘いっす。接近戦は俺達レンジャーにとっては悪手っす。もっとも、そうなった場合も想定して訓練するのは正しいっすが。それだと守るべき人を守れないっすよ?」
アランは大きな弓に矢をつがえる。
彼の持ってる矢は全体的に黒色だった。これは鉄を使っているためだ。
「アランおじさん。鉄の矢って重たいんでしょ? あの鳥に当てられるんですか?」
「普通なら当たらないっす。まず矢が重くて直進しないっすから。でも安心してほしいっす。こうやって曲射させるんっすよ」
アランは空の彼方に矢を放つ。風を切る音と共に鉄の矢は放物線を描いてデザートウイングに突き刺さる。
それを繰り返すこと5回。
遠くに見える5匹のデザートウィングは全て地上に落ちた。
「ね、簡単っしょ?」
「おじさんすっごーい!」
「お褒めにあずかり光栄っす。イレーナよ、どうっすか?」
「接近戦になれば。私だって活躍できるのに……」
「だめっす。お嬢を巻き込んでしまいやす。イレーナは護衛任務ってのをもう少し理解する必要があるっす」
イレーナは少ししょんぼりしていたが、言われたことは最もだ。
護衛しているのに馬車ごと襲われているようでは素人。そしてそんな状況になったら手遅れなのは間違いないのだ。
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