第34話 カルルクへの旅③

 お父様、お母様。そしてレオ。私は今砂漠のど真ん中にいます。

 馬車の窓から見えるそこは草木の生えない岩山、そして一面の砂の大地が広がります。

 きっと昔の人は徒歩だったり。ラクダでこの過酷な大地を縦断したのでしょう。……あれ? 今通り過ぎたのはラクダの商隊。


「うふふ、ルーシーちゃん。ラクダを見たのは初めて? そっか、カルルク砂漠は初めてだってわね。今のは商隊の中では小規模と言えるわね」


「え? イレーナさん。そうじゃなくて、こんな便利な魔法機械があるなら。ラクダはもう必要ないのかと思って」


 ルーシー達が乗っている高速馬車は馬の代わりに魔法機械が馬車を引く。

 今乗っている高速馬車は、前方にある大きな車輪を回す魔法機械が後の荷台を運ぶ仕組みである。


 その機械の操縦席には様々な計器やレバーに舵などがついている。それを器用に動かすのはアラン。


 彼はルーシー達の会話に加わる。運転中によそ見をしているので危なっかしいがイレーナさんは特に注意するわけではない。


 そういえばアランは360度の視界を持つ優秀なレンジャーだと父から聞いたことがあった。


「へへ、お嬢。まだ世の中の移動手段はラクダとか馬ですぜ。こいつが使えるのは時間が何よりも優先される外交官とか国の要職にある人間に限定されるっすよ。つまりお嬢もビップってことっす」


「……でも、アランおじさん。私、貴族のお姫さまって訳でもないですし。なんか、身分に合ってないっていうか申し訳ないです。ちょっと恥ずかしいし……」


「ルーシーちゃん。パパはルーシーちゃんのママのことを姫様って呼んでいるでしょ? だから姫の娘も姫様ですよ?」


 確かにアランおじさんはお母様を姫様と呼ぶ。でもそれと今回の待遇に関係ないのでは。それにお金が、それを聞かざるを得ない。


「で、でも。お金がかかってるんじゃ。ジャン君とアンナちゃんはこんなに特別待遇でもなかったんでしょ?」


「ああ、お嬢。お金のことならご心配なくっす。グプタの子女が海外留学する場合は助成金がでるっす。ちなみにジャン君達は高速馬車ではないっすが、100人規模の商隊で楽しく縦断したっす。ジャン君の家も金持ちっすね。

 それに、お嬢のご両親だって結構金持ちっすよ? 知らなかったっすか?」


「え、そうなの? ぐぬぬ、ならお母様はもっと私にお洋服を……」


「はっはっは。お金持ちは無駄な金は使わないっす。まあ、お嬢がおしゃれをしたいのは分かるっすが。その歳だと直ぐにサイズが変るっしょ?

 数か月後に着れなくなる豪華な服なんて無駄っす。でも団長は甘いっすから、こっそりとお小遣い貰ってたっすね? 娘に甘すぎるって姫様は愚痴ってたっす。へへへ」


 ルーシーはハッとする。そういえばレスレクシオン号に乗ったときにドレスを父親にねだったことがあった。

 だが、半年もたつと着られなくなり、そのままクローゼットにしまったままだった。


 結局、着たのは船のパーティーで2回。お家では数回だけ。私はとんでもない無駄遣いをしたのだ。


 今回持ってきた服だってどれも最近買ったものばかりだし。……反省しなければ。


「へへ、でもお嬢。無駄遣いだなんて思わないで欲しいっす。団長も姫様も、お嬢の晴れ姿はとても褒めていやしたぜ、娘が可愛いすぎるとか。そんな感じだったっす。だからそこまで気にしないでいつも通りのお嬢でいてください」


 普通の馬車と違い、乗り心地が良いこの高速馬車のせいか旅をしている自覚がない、そのせいか故郷の両親を思い出し。急に寂しくなった。


(なんだろう、ちょっと帰りたいかも……)


 俯くルーシーを察したのか。イレーナはアランに声を掛ける。


「パパ。いくら高速馬車が快適だからって、砂漠を体験しないのはもったいないです。少し気分転換に景色でも見ましょうか」


「おう、イレーナ。たしかにそうっすね。でもカルルク砂漠は魔物がいますから。あんまし長時間は……、おっと。お嬢、故郷が恋しいっすか? でもここだって楽しいことがありますぜ。じゃあ、あそこの高台で休憩っす」


 高速馬車は、大きな岩で出来た崖の上に止まる。


 馬車から降りるルーシーは目の前に広がる景色の広大さに。今まで考えていたモヤモヤは吹き飛んだ。


 ちょうど、陽が傾きつつある。ややオレンジ色に染まった砂漠の絶景は地平線の彼方まで広がっていた。


「綺麗……」


 ルーシーはそれ以外の言葉を思いつかない。


「そうっす。お嬢。グプタに居たら一生見られなかった光景っす。大丈夫っす。人生は冒険っすよ。ほらイレーナもなんか気の利いた事いうでやんす」


「う、うん。私もちょっとこの景色に感動しちゃって。なんて言ったらいいか」


 イレーナも砂漠の経験はそれほど多くなかった。だからだろう。感極まったイレーナはルーシーに言った。


「ルーシーちゃん。ご両親に合えないのは寂しい。でもそれはしょうがないのよ。だからね! 私でよかったらいつでも頼ってね。そうだ! 私、しばらくカルルクで活動しようかしら。そうしましょう」


「まったく、しょうがない娘っす。ま、俺っちもお嬢の側にいるように言われてたっすから了解っすよ。実はカルルクの冒険者組合には事前に交渉してたっす」


「……え? もう、パパったら。それは最初に言ってくださいよ」


 アランとイレーナはカルルクでの保護者になってくれるようだ。孤独に慣れてないルーシーにとっては願ってもない事だった。

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