第三章 巣立ち

第30話 地獄の……。

 2年が経つ。

 ルーシーは12歳になった。


 彼女はベアトリクスから魔法についての勉強を受けている。

 もっともベアトリクスは魔法使いではない。教えるのは苦手だ。

 座学は母親からある程度は教わったが母であるクリスティーナも魔法は独学であった。


 だから、今は魔力と感を鍛えるために実戦形式の訓練ということだ。

 普段は子供たちが遊ぶビーチであったが。決闘の場となっていた。


 ベアトリクス対ルーシー。これまでに何度も行われている。


 ベアトリクスはグプタの女神であるので、個人にここまで肩入れすることはない。

 いらぬ嫉妬を招くからだ。だがルーシーは別だ。


 なぜなら彼女はグプタの民からすると、女神様と仲が良くない子供と心配されていたのだ。

 そんな彼女が今ではベアトリクスの弟子になっている。こういう人情の移り変わりは、グプタの民にとって微笑ましい。


 あのお転婆ルーシーが遂に女神様と和解して、今では仲良くしている。それはグプタの民にとって幸せな光景なのだ。それを邪魔する者はグプタの民にはいない。


「うふふ、ルーシーちゃん。相変わらず魔法はその骸骨君に任せっきりかの? それではお主が無防備であると自白しているのと同じじゃぞ?」


『ふ、骸骨君とは心外ですな。私は呪いのドラゴンロード・ルーシー様の唯一の眷属、ハインドである。海のドラゴンロードに侮辱される存在ではない! 行くぞ! アイスジャベリン!』


 ハインドの放つ魔法。アイスジャベリンは氷の槍を放つ攻撃魔法。

 炎の魔法と違い汎用性が高く、攻撃魔法の中ではもっともエレガントである。というのはハインドの意見。


 確かに炎の魔法は建物を燃やすので良くないとの事らしい。威力では炎が圧倒的なのだが。


 だが氷の槍はベアトリクスの手の平に触れると霧散した。そもそも魔法でドラゴンロードを倒すのは無謀だと言える。

 

 あくまで訓練のため。ハインドは使える魔法を次々と放つ。 


 ルーシーはハインドに魔法を教えてもらおうとしたが、それは不可能であった。

 彼は最早、精霊といえる存在。魔法を覚えたであろう学生時代の記憶が無い。

 あるのは怨念のみ、それもルーシーに取り込まれたことで無くなっている。

 残っているのは元宮廷魔法使いで、執行官。その実績の記憶だけである。


 それでも魔法を使えるということは、生前の努力のたまものだろう。ハインドにとって魔法とは手足を動かすのに等しいのだろう。


 ルーシーは歯がゆい思いだった。

 私だって教えてくれる人がいれば。悔しい。私に使える魔法はハインド君の召喚と、これだけだ。


 この2年でルーシーが独自に編み出した魔法をベアトリクスに放つ。

「ベアトリクスよ。わが呪いの魔法の奥義、くらえ!『地獄の女監獄長』!」


「え! それって、ルーシーちゃんオリジナルの魔法?」


 不覚にもベアトリクスは魔法抵抗に失敗し、意識をルーシーに取られる。

 次の瞬間、ベアトリクスが見たのは牢獄であった。


 呪術『地獄の女監獄長』。


 それはルーシーがアンナから借りた本『地獄の女監獄長』を完読した際に発現した彼女のオリジナルの魔法だ。


 ルーシーは思う、読まなければ良かったと、愛読者であるアンナには悪いが内容が酷い。


 でも文学的に優れていたので最後まで読んでしまったのだ、そして発現したオリジナル魔法である。


 監獄の中、ボンテージ衣装に身を包むルーシー。手には鞭。

 ここは精神世界で『千年牢獄』に似た世界だ。

 監獄には囚人であるベアトリクスが手枷をされて佇んでいた。


「私の魔法の成果は、これだけだった……ハインド君みたいにカッコいい魔法を使いたかった……」


 パシンッ! 鞭が床を叩きつける。

「さあて、ドラゴンロード・ベアトリクスよ。今までの恨みここで晴らさずか」


 黒いレザーの手袋で鞭を握りしめる。ぎゅぎゅっと皮の擦れる音が牢獄に響く。


「おお、ルーシーちゃん。凄い魔法じゃないか。自身に有利な空間を創り出し。一方的に拷問をする魔法か。『千年牢獄』の発展版といったところかな? だが……センスがなぁ。どうしてこうなったのだ?」


「わからん! いや、原作を読んでしまったのだ。あまりの内容に頭から離れなくなってしまったのだ」


「あはは、なら安心したぞ。てっきりその歳で、その趣味に目覚めてしまったかと思っての。両親になんと詫びようかと思っておったのだ。だが良い魔法。程よく拷問するのに最適だな。ちなみに効果時間は?」


「うーん、二時間以上は試したことない。飽きちゃうから。でももう少しはできると思うけど。でも外の時間は変らないよ」


「ふむ、時間経過は外とは違う。千年牢獄と同じか、ルーシーちゃんよ、この魔法は面白いけど余り多用はするなよ?」


「え。どうして?」


「例えばな。お主がこれを毎日使用するとだ。お主は一日26時間の時間を過ごすことになる。それはいずれ精神に何らかの影響を及ぼす……かもしれんし、そうでもないかもしれんな。

 私は長生きだからその辺はようわからんが、まあ一応忠告しておくよ。あと行為自体に誤解を招かねん、言っておくがそれをご褒美だと思う奴もいるのだ」


「ご褒美? よくわかんないけど。でも毎日二時間なんて退屈だし多用はしないよ。それよりも、どう? 拷問を受けてみる?」


「私? いやよ? たぶんその鞭、私でも痛そうだから。それとそんな趣味はないし。それにルーシーちゃん。海のドラゴンロードをなめてない?」


 言うが速いかベアトリクスは手枷を飴細工のように引きはがすと牢獄の壁を殴る。そこから大きなひびが入り薄暗い牢獄に眩しい光が溢れる。



 周りはいつも通りのグプタのビーチであった。


「おーい! 子供達よ、すまんかったなー。もう訓練は終わったから、遊んでよいぞー」


 周りで見物していた子供たちがベアトリクスとルーシーに駆け寄る。


「すっげー、ルー姉やるじゃん。カッコいい! 俺も魔法使いになるー」


「女神様もすっごーい。普段と違って戦ってるとカッコよくてもっとすきー」


 ルーシーとベアトリクスは子供たちに囲まれてしまった。


 いつもの平和な日常だった。

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