第26話 クルーズ船の旅⑨

『さてと、マスター。この哀れな魂はいかがしますか? 拷問でもしますか? 監獄長ならば鞭がよろしいかと』


「えー? こいつキモいし、なんか私を見る目つきが嫌。ここはハインド君に任せるよ。

 ちょっとそこで休憩してるから、一時間ごとに報告してちょうだい。うーん牢獄だと退屈ね、お茶とかでないのかしら」


『マスター、イメージしだいであらゆるものを具現化できますよ、ここは最早マスターの空間です』


「ふーん、そうなの? じゃあ、とりあえずミルクたっぷりのコーヒーと、チョコレートのクッキーを」


 言うが速いか、ポンと出現したテーブルの上には香り高いコーヒーと、クッキーが現れた。


 さっそく一口食べる。


「うーん、美味しいけど、なんか違う。なんでだろう。味は間違いなくチョコレートなんだけど」


『マスター、それはここが夢の世界だからですよ。現実の味覚ではありません。ゆえに過去にこういう物を食べた、という思い出を追走しているだけです。ですからそういう感想なのでしょう』


「ふーん、そうなんだ、まあいいけど、美味しいには違いないし。いくら食べても現実世界に影響ないならこれはこれでいいじゃない」


『さすがはマスター。この異次元を既に掌握していますね。さて、では、ラルフとやら。尋問を始めよう。なーに、私も『地獄の女監獄長』は好きだった。同じ趣味をもった者同士。仲良く話そうじゃないか』



 ………………。


 …………。


 ……。


 ラルフの弁明は続いた。千年牢獄の時間は長い、いくらでも話ができる。それこそ千年でも。



 曰く、自分はエリートであった。エフタル王国の伯爵家の長男であった。いずれは家督を継ぐはずだったのだと。


 だが呪いのドラゴンロード・ルシウスの襲撃で王都は滅び、伯爵の地位など意味がなくなった。


 それどころか平民以下の存在に成り下がったという。

 大規模な貴族狩りが起こり、わずかな貴族の生き残り達は地下に隠れた。


 戸籍の無い浮浪者としてじっと耐え忍んだそうだ。 


 そして隙を見てエフタルを脱出。グプタに落ち延びたが、そこで彼は思ったのだそうだ。

 貴族でもない癖になぜこの街は裕福なのか、と。


 そして彼は嫉妬を拗らせ。悪の道に染まったそうだ。 


 やがて亡命貴族が寄り添う、闇の貴族連合という組織が生まれたそうだ。


 前半はある意味で可哀そうだと思った。まあ貴族狩りに会うってことは人望がなかっただけだとは思う。

 ただラルフは当時学生だったそうなのでそこまで責任は無いのかもしれない。


 だけど、後半はなぜそうなるのか。ルーシーには分からなかった。普通に働けばよかっただけでは……と。ピアノは上手だったし。


 …………。


 チョコレートは飽きたし、次はホイップクリームのケーキとかでないかな。


 ポンッ!


 でた、……でもあまりおいしくない、やはりここは夢の世界なのだ。食べてる気がしない、でも不味い訳でもないし時間は潰せる、それにいくらでも食べれるのでこれはこれで便利だ。


 ラルフの懺悔は二時間目に突入した。


 ついにラルフは自分の行っている行為について懺悔をはじめた。


「僕は……おろかでした。最初はエフタル王国の再興を願っていました。でも、あの王国は積んでいた。

 悪政によって滅ぶ運命だとなんとなく知っていたのです。でも父やその周りの大人に何も言えませんでした、見て見ぬふりをしていました!」


『ふむ、エフタル王国は滅んだか……、まあ、あの国王では時間の問題ではあったが……』


「おーい! ハインド君、その話は長そうだからストップ。私、飽きちゃった」


『……だそうだ、ラルフよ、マスターはお前を釈放してくれるそうだが、大人しく罪をつぐなうか?』


「はい……自首します、呪いのドラゴンロード・ルーシー様の慈悲に感謝いたします」


「あ、そうだ。会場の皆はどうなるのかな?」


「はい、術を解けば何事もなかったように起き上がるでしょう」


「ならば、決まり! ラルフ、お前を釈放する! あとは現世で罪を償うとよい!」


 ルーシーが席を立つと『千年牢獄』は飴のように溶けていった。


 ----------


 意識が戻る。


 時間はほどんど進んでいないだろう。時計の針を見るとパーティーはまだ始まったばかりだ。料理も温かい。


 次の瞬間。

 ラルフの背後に人影、そして湾曲した独特の形の剣がラルフの喉元につきつけられていた。

 一瞬の出来事だったが、その人影はセバスティアーナだった。

    

「馬鹿ですか? 私を数分間、眠らせることが出来たというのに、貴方は勝っていたのですよ? なぜ殺さなかったのですか? 余裕ですか?

 ニンジャーは総じて高い魔法耐性があるというのに。殺しの前に舌なめずりでもしたのですか? これだから素人は……」


「ま、まって下さい。セバスちゃんさん。話はついたから。そいつ、殺しをするほどの悪党じゃない! ただのコソ泥よ、殺す価値なんてない!」


 セバスティアーナは、自分以外にも起き上がっているルーシーに目を疑う。だが、なんとなく状況を把握すると彼を解放した。

 四つん這いに倒れるピエロの格好をしたラルフは小鹿のように震えていた。


「ふぅ、私はセバスティアーナですよ。しかし、そうですね、殺す価値なんてなさそうですね。まあ明日の西グプタ到着までは独房入りということで勘弁しましょうか」

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