第25話 クルーズ船の旅⑧

 ルーシーは正直かなりビビっていた。目の前のピエロが怖い。

 初めてのピンチに正直泣いてしまいそうだ。


 だが、自分はドラゴンロードなのだ、ここは毅然とした態度でないと。


 それに味方がいる。闇の執行官、百戦錬磨の魔法使い……の残りカスがいるのだ。

 初めてハインド君がいるのがこんなに頼もしいと気付いた。


 いや、前にベアトリクスに閉じ込められた時も彼は私を守ってくれたのだ。ただ欲を言えば、彼でなくお父様だったらもっと安心なのに……。


 だが負けるものかと、ルーシーは気合を入れる。

「ピエロ! お前の仕業だな! こんなことをしてタダで済むと思うなよ! グプタで犯罪をすると捕まるか、あるいはもっと怖い奴の私刑が待ってるだけだぞ!」


「ち、ガキめ。僕の魔法を運よく交わしただけのラッキーガール。でも君は教養がなさそうだ。海のドラゴンロードは犯罪者に対して何もしないさ。殺人をしたならわからないけどね。だから僕は殺さない」


「……でも、こんなことして、ただで済むわけないじゃない!」


「これだからガキは嫌いだ、うるさいし、教養の無い。

 だが……幸運にもこうして僕と対話している。ここは名乗るのが礼儀かな。例え相手がガキだとしても。


 僕はエフタルの亡霊、闇の貴族連合所属。ラルフ・ローレン。またの名を、幻影の海賊。ワンマンアーミー。一人旅団。好きに呼ぶといい」


 ペラペラと本名と所属する組織を喋るピエロ。

 そして間抜けな二つ名。


 馬鹿なのか……と、ルーシーは呆れると同時にすっかり冷静になっていた。


「でも、暴れられないなら、逃げなくていいの? 私ばっちり見ちゃったよ? 金貨くすねてたでしょ? 一枚だけ……ぶふっ」


「ふん、僕を侮るなよ、殺さずともお前を廃人にすることもできるのだ。マスター級の魔法使いであり、呪いを極めし者。このラルフ・ローレンを甘く見た報いを千年悔いるといい。

 ふ、釈放されたなら私が引き取ってやってもいいぞ? お前は顔だけは私好みだ、お前を蝋人形にして、そうだな10年は愛でてやろう。もちろんご両親には対価として大金を払ってやる!

 では行くぞ、極大呪術『千年牢獄』!」


「あっ! それベアトリクスのどっきり作戦で見たところだ!」


 極大呪術『千年牢獄』、掛けられた対象は魂を異次元の牢獄に閉じ込められ、体感で千年ほど閉じ込める恐るべき魔法。


 ルーシーは一瞬だけ、意識を失った。


 目を覚ますと見覚えのある牢獄だった。

 鉄格子を挟んで対峙するラルフとルーシー達。


「ふふふ、さてと、これから君が千年過ごすことになるマイホームだよ、気に入ってくれたかな?

 千年だ、それまでに反省して僕の為の忠実なしもべになれるように努力することだね。僕は女性にはやさしいのさ」


 だがラルフは直ぐに違和感を覚えた。少女が閉じ込められているはずの牢獄の後には階段。そして出口があるのだ


『――などと申しておりますがこの下手人、いかがなさいましょう、ルーシー獄長』

「うーむ。やつの発言から少女趣味が散見される。これは千年このままにしておいた方がいいかも、キモいし」


「な、なん……だと!」


 状況を理解する。ラルフとて馬鹿ではない。呪いが跳ね返されたのだ。

 どうして? 考える。すっかり黙り込んで牢獄は沈黙に包まれた。


「でもハインド君。これってどういうこと? ベアトリクスに閉じ込められたときは逆だったよね?」


『おそらくですが、ベアトリクスは紛れもないドラゴンロード、魔力の桁が違います。このラルフという者はかなりの魔法使いと推察しますが。それでも全盛期の私に比べれば弱い。ようは魔力の総量の問題かと。

 しかし、マスターは凄いですな。呪い返しを無意識になさるとは、まさに人ならざる力ですぞ!』


「そ、そう? ……わっはっは。だからいっただろう。我は呪いのドラゴンロード・ルーシーであると!」


「ひっ! の、呪いのドラゴンロード。ば、馬鹿な。奴は死んだはず……ま、まさか、ああ、ぼ、僕は。ああ、どうして。これから僕は輝くはずだったのに」


「うーん、勘違いしているぞ、吾輩は、あ、違う、我はルシウスではない。奴とは別人だ。ルーシーといっただろう。しかし、ラルフとやら。話は聞いてやるぞ? そしたら刑期を減らしてやってもいい」


『ほほう、さすがはマスター。千年牢獄を自在にあやつれるのですな?』


「ううん、でも、また壊せばいいんでしょ? さてラルフ君、君はどんな罪を犯した? この地獄の女監獄長ルーシーに懺悔なさい!」


『……マスター、なぜその古いポルノ作品をご存じなのですか……10歳だというのに』


「うん? ぽるの? なんか知らんけど、アンナちゃんが読んでたぞ? 『地獄の女監獄長』カッコいいタイトルじゃないか、アンナちゃんは私には難しいからって読ませてもらえなかったけど」


「……あ、それ僕も読んでた。鞭の監獄長が知的で語彙が豊富で、そして囚人を罵倒するんだ。なんかエッチだった。……ふ、わかったよ、全て懺悔する」

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