第5話 戦場跡②
「ついに目的地に着いたぞ。うーん……執行官の亡霊はどこだろう?」
ルーシーは目的地である戦場跡に着くと周りを見回した。
戦場跡とは言ってもそれらしい痕跡はない。
マスター級の魔法使い同士の壮絶な魔法戦があったことは確かだが。それは20年ほど前の出来事であって、その痕跡は既に無い。
マスター級は、最高レベルの魔法使いという扱いであり。
戦闘ともなれば大規模な魔法の影響で地形に何らかの痕跡があるはずだと子供たち全員が期待していたのである。
しかし、ただの林道に少しだけ開けた草原があるのみだった。
近くには小川があるのでここでキャンプをするにはうってつけではある。
「女神様、ここが戦場跡なの?」
アンナもここがかつてそんな惨劇があった場所のようには思えなかったようで、手の平をおでこに当てながら周りをぐるっと見回している。
…………。
日はすっかり昇っている。
そろそろお昼だ。
歩きっぱなしで子供たちはお腹ペコペコになっていた。
ルーシーとて腹が減っては亡霊どころではない。
さっきから「ぐぅっ」とお腹の音が止まらないのだ。
「うふふ、丁度良い時間かのう。では子供たちよ、お昼にしようじゃないか。とびっきりのサンドイッチを買っておいたのだ!」
ベアトリクスは風通しの良い木陰を見つけるとそこにピクニックシートを敷き、その上に大きなバスケットを置いた。
レオンハルトは姉が素直に昼食を取ることを受け入れたので少しほっとした。
姉は何やら今回の冒険を楽しみにしている節がある。
自称ドラゴンロードの魂がうずくらしいのだ。
そのうずきに良い事などない。おかしな行動をするに決まっているのだ……。
だから冒険よりも先に昼食を取ると言ったベアトリクスに文句を言うのではないかと思っていたのだった。
「姉ちゃんが普通に人間でいてくれてありがとう……」
「なんだ、レオ、急に変なことを言って。私は人間だぞ?」
口の周りにサンドイッチのソースをつけながら行儀悪く喋る姉を見てレオンハルトはため息をつく。
いつも変なことを言ってる姉にだけは言われたくなかった……。
「そうか、ドラゴンロードは人間の事なんだね……僕は分かんないや……。もう! 姉ちゃん! 口の周りが汚いよ!」
レオンハルトはハンカチを取り出すとルーシーの口の周りをふき取った。
「あはは、レオの方が兄貴みたいだな」
二人のやり取りを見ていたジャンが笑いながら指さした。
「もう、ジャン君だって人のこと言えないじゃない。ほら口の周り」
アンナはポーチからハンカチを取り出しジャンの口の周りをふき取った。
「うん? あ、ほんとだ。サンキューな、しかしアンナの口は綺麗なままだな。ルーシーとは大違いだ。あははは」
ピクニックシートに座る4人の子供とドラゴンロードが一人。
誰がどう見ても微笑ましいピクニックの風景である。
「ふむ、もう少し小さめのサンドイッチを注文すればよかったかのう。そうだ。今度、店主に提案してみようかの」
ベアトリクスは今朝、海辺のレストランで購入した大きなエビと細かく刻んだ野菜に甘辛いソースのかかった具を挟んだ大きなサンドイッチを見ながら思ったのだ。
子供の小さな口ではソースがはみ出すに決まっている。そんなことを思いながら水筒に入った紅茶をカップに注ぎ、子供たちに配っていった。
「さて、久しぶりに来たが亡霊の類の気配はない。いや、隠れているだけかもしれんのう、私では矮小な魔力の残滓など見つけられないのだから……」
風が軽やかに吹き抜ける草原のその先にある墓標に目を向けながらベアトリクスは一人呟いた。
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「さてと、子供達よ。ここから少し先に墓標がある。亡霊騒ぎが真実なら、そこに何らかのヒントがあるはずだろうて」
ベアトリクスはピクニックシートを折り畳みバスケットに入れると、林道からそれた森の奥を指さした。
森の奥は高い木々の枝葉が日光を遮っているためか、森の中は昼間とは思えないほどに薄暗かった。
ここに来て初めて亡霊に相応しい光景が広がっていたため子供たちは若干の緊張を覚えた。
「ふむ、やっと亡霊とやらを見れるのだな。よし皆の物、私についてこい!」
ルーシーは躊躇なく森の奥に足を進める。
この時だけはレオンハルトは姉を頼もしく思ったのだった。
目的地である墓標は思ったよりもすぐ近くにあった。
森に侵入して数分も経たずに石で出来た十数個の墓標が規則正しく並んでいる広場に出た。
森の中だというのに不自然に開けた場所。先に道があるわけでもない。
それにわざわざ墓標を立てるために森を切り開くとも考えにくい、その場所こそがマスター級の魔法使い同士の戦闘で起きた痕跡だった。
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