第4話 戦場跡①
街を出るとやや急な上り坂が続く。
ルーシーは両手を大きく振りながら満面の笑みで歩みを進める。
後ろには大きなバスケットを持ったベアトリクスと他の子供達が続く。
バスケットの中には街で買ったサンドイッチやクッキー、紅茶の入った水筒が入っている。
5人分のランチが入ったバスケットを一人で持っているのでさすがに周りの子供たちは、手伝いましょうか? と言ったが。
ベアトリクスとしては全く問題ない。真のドラゴンロードの力は人類とは遥かにかけ離れている。
だが、ルーシーのあまりにも傲慢な態度にいたたまれない弟のレオンハルトはベアトリクスに言った。
「あの、女神様。僕も少し荷物を持ちましょうか。あの、姉がアレで、ごめんなさい」
年下のレオンハルトの態度に年長であるジャンも負けじと言った。
「俺だって、この中では一番年長の男だ! 俺も荷物を持ちますよ」
いくら人外で長命種であるドラゴンロードであっても、見た目は20代で華奢に見える女性だ。
これから大人になろうとしている男子としては看過できない。
だがベアトリクスは男の子たちの提案にニッコリと笑みを返し答える。
「よい。……ふむ。お主らもなかなかに良い男の子に育った。だが、お主らの身長が私よりも高くなったら聞いてやっても良いのう。
……いや。それでも私にその気遣いは無用じゃな。いつかお主らにとって特別に思える女の子に出会ったらその時こそ気遣ってやるとよいぞ」
グプタに住む男子は、いや女子ですら例外なくこの海のドラゴンロード、ベアトリクスに恋をする。
それこそがグプタの様なただの港町が独立国家として、他国との交渉や貿易を担う団結力を生むのだ。
ベアトリクスは政治には関わらない。そして戦争にも関わらないと宣言している。グプタの民が例え戦争で死んでも悲しみはしても決して手は出さない。
それは昔、自身をめぐって醜い内戦を経験した教訓だという。
グプタに住む者は子供のころからそのことは教育されている。
みんな知っているし、不満もない。それでも皆ベアトリクスが好きでありグプタの象徴として、生きる女神として慕っている。
だが……それをよく思わないのはルーシーだ。
なにせ自分もドラゴンロードの生まれ変わりと信じてやまないのだ。
ベアトリクスに対する態度も失礼で良くない。
だが、それは周りの大人たちにとっては微笑ましいものと受け取られている。
ベアトリクス本人がその態度を当たり前のように受け入れ、時折ちゃかしたりと、傍から見ればお転婆少女を窘める姉といった感じにしか見えないのだ。
だが当然であるが弟であるレオンハルトは気が気でない。
今のところ姉の自称ドラゴンロード説は仲のいい少数の子供達とベアトリクスだけで、両親や周りの大人達には知られていない……はずだ。
だが、いつか姉の態度が世間に知られてしまったら。弟は8歳にして胃に痛みを覚えるのだった……。
そんな彼の不安を、坂を上り切った辺りで吹き抜ける涼しい風を浴び、少しだけ落ち着いた気分になった。
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目的地である『戦場跡』とは名前とは違って決して大規模な戦争があったわけではない。
独立都市グプタは創設以来一度も対外的な戦争はしたことがなかった。
ただ、この場所で起きた事件が最悪の場合、国を巻き込む戦争の引き金になるかもしれない事件であったためグプタの民は戒めも込めてそう呼んでいる。
「女神様。戦場跡って、昔すごい魔法使いが戦ったんでしょ? 女神様は見てたんですか?」
ジャンが興味津々にベアトリクスに質問をする。
「いや、私は見ておらんぞ? あの時はエフタルの亡命貴族が追手と戦って返り討ちにしたとか、詳しいことは知らんがそんな感じかのう」
ジャンは少し残念そうな顔をする。戦いに興味を持つのは少年としては健全だ。そんなことを思ったのかベアトリクスは少し考えながら話を続けた。
「ふむ、だがお主らが捜そうとしている亡霊というのは、おそらくは旧エフタル王国の執行官といったところだろうな」
旧エフタル王国とは。
現在のエフタル共和国の前身であった封建制の国家である。
長い歴史による怠慢と暴君による圧政の末、激しい内乱が起こり滅んだ。一説によると呪いのドラゴンロードを呼び出したために自滅したとも言われている。
真偽はともかく、王都は火の海に包まれたそうだが。今は君主のいない議会制民主主義の体制を取っている。
ベアトリクスはいい機会だと子供たちに議会制とは何か等の説明を始めた。
だが、子供には少し難しかったのかジャンの顔はなんとも言えない表情になっていた。
そもそも他国の政治体制には興味がないし、専門用語が多すぎて理解できないのだ。
ジャンとしては、いや子供たちにとっては、難しい政治の話よりも火の海になった戦いの話を聞きたかったのだ。
早く終わってほしいと皆が思っていたが、女神様のお話を遮るなんて、いくら子供でもそれはできなかった。
「ベアトリクスよ! 我は下らん政治の話などどうでもよいぞ! そのエフタル王国の執行官とやらの話をせんか」
「ね、姉ちゃん。ああ、ごめんなさい女神様。また姉が失礼なことをいってごめんなさい」
ルーシーのあまりに失礼な態度に、さすがの子供達も言葉を失った。が、同時に思ってたことを言ってくれたので少しだけ感謝したのだった。
なんやかんやで、ルーシーの思ったことをはっきり言う性格は皆に好かれている。
「ふむ、まあ子供に政治の話はまだ早いか。良いだろう。ではエフタルの執行官について――」
ベアトリクスはエフタルの執行官について語ることにした。
エフタルが王政だった頃、執行官と呼ばれる王直属の貴族専門の暗殺部隊が存在した。
執行官は王命によって政治的、あるいは私的に敵対する貴族を秘密裏に処刑していた。それこそが王の力の象徴であり王国の支配を盤石にしていたのだ。
当然亡命者に対しても同様だった。
そして当時グプタに亡命していた貴族を追いかけてグプタまで執行官がやってきたことがあったのだ。
そこで魔法使い同士の壮絶な戦いが繰り広げられた。それが『戦場跡』である。
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