トッケビの星

咲凪

第1話 少年と鬼火の話

「あの紅い光が見えるかい?地平線の向こう側に目を凝らしてみてごらん。」

 

 車窓の外を指差して、少年は言った。気付けば外はもう真っ暗で、きらめく砂塵を敷き詰めたような眩い星空が空を覆っていた。

 少年の声で目を醒ました私は、しばらくぼんやりと目の前の光景を眺めていた。

 どれくらい眠っていたのだろう。意識が薄れる前と同じように、自分と少年だけを乗せた列車は2人の体を静かに揺らしながら、名も知らぬ土地を駆け抜けている。私が眠っている間も、少年は気ままに話し続けていたのだろうか。覚えている中で最後に聞いたのは植物学の話だったはずだ。

 

「小さくて、いつも地平線のすぐ近くにいるから、綺麗な星なのにあまり知られていないんだ。でも時々、くしゃみするみたいに、これまた小さく弾けることがあって、それが花火みたいでいっそう綺麗なんだよ。」

 

 地平を見つめ話し続ける少年の瞳に、大粒の星々が映り込む。なぜだか外の景色よりも少年の瞳の方が輝いて見える。

 

「…花火。」

 

 少年の言葉を小さく反芻する。

 古い記憶の中でぼんやりと、火花が弾ける様子が思い起こされる。この土地では花火をよくするのだろうか。

 少年の声は途切れず続く。

 

「あの星は鬼火トッケビの故郷なんだ。夜明け前に一度星が弾けるたびに、鬼火トッケビが地上に生まれ落ちて…」

 

「トッケビって?」

 

 私は思わず少年の話を遮って尋ねた。

 少年は口を半開きにしたまま私の方を見た。列車に乗ってから一度も口をきかなかったので面食らっているようだ。

 急に遮って失礼だっただろうかと、何と言うべきかしばらく迷っていると、少年は少し嬉しそうにしながら再び話し始めた。

 

鬼火トッケビって言うのは、僕たちの元になる魂みたいなものだよ。火の玉のような見た目をしてるから、みんなそう呼ぶ。ここに暮らす人たちは皆もとは鬼火トッケビで、あの紅い星から生まれて来たんだ」

 

「村での最後の晩に祭りで、花火の話をしていたでしょ。列車の時間があったから見て行けなかったけど、夜通しの祭りの締めにはいつも日の出の直前まで花火を打ち上げるんだ。大昔からの風習でね、新しい命が生まれる瞬間を祝福するためのものなんだ。本当は星が弾ける前に花火を止めるんだけど、今では意味が薄れてしまって空が明るくなるまでやり続けるから、星のことを知ってる人はほとんどいない。あんなに綺麗で、神秘的なのにね。」

 

 少年は優しく目を細めて、地平の奥を見つめる。

 目を凝らしても私にはよく見えないが、そこには微かにきらめく紅い星が見えているのだろう。

 列車の中の灯りは小さなランプだけで、むしろ外の方が星灯りのおかげで明るく、向かいに座る少年の体は半分星色に染まっていた。あまりの光の強さに影が落ちた部分は真っ暗で、うまく表情が読めない。

 

 神秘的……か。

 

 私の故郷では、人は母親の胎から生まれてくると習う。流れ星は地上に落ちれば地面に衝突して傷を作るし、花火は火薬が貴重だから滅多にやらない。ここの人たちの方は星みたいに、いや、星なんかより余程神秘的だ。

 がた、ごとん、と列車の駆ける音が静かに車内を支配する。そのリズムが何だか物悲しく思えてきて、やっと私は少年の無言に気づいた。

 

「でも、じゃあ、あなたは、どうしてそのことを知っているの?」

 

 思わず違和感が口をついて出る。

 少年は弾かれたようにこちらを向いた。その頬には雫がひとつ、ちりりと光る。

 それは本当に、頭の隅に僅かに浮かび上がってきた違和感だった。それに何かの確信があったわけでもない。しかし少年から感じるオーラのような哀愁のようなものが、その反応が、違和感の存在を強調していった。

 余所者である私に、何も聞かずに手を差し伸べてくれて、これまで快くこの地の案内役を引き受けてくれた、心優しい変わり者。

 この時から私は目の前に座る奇妙な少年が話していることが本当かどうか頭の中で考えつつも、心の奥底ではこの少年こそが自分がこの地で探し求めていた『この世界の秘密』そのものなのではないかと思い始めていた。

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