羽化③───優しい姉の優しい否定

 次の日の夜は、灯奈が来なかったので、姉と二人になった。

 幼虫を見つけてビデオをセットしている最中。羽化の場所が悪く、アリにたかられてしまった。


「あ、可哀想でしょ!」


 隣。姉が、アリを追い払おうと木の棒で突く。だが、黒い集団の勢いは尽きない。

 ほとんど死んでいる白緑の幼虫を見ながら、

『セミの羽化の成功率は40%です。半分は、木に登る前に食べられたりします』という図鑑の文言を、至極冷静に思い出す。

 隣で「ごめんねえ」と謝る姉。たぶん平然と見られる自分がおかしいのだ。


 ベンチに座る。姉は、虹人の腕に自分の日焼けした腕を絡めて、手を繋いでくる。

 星が好きな姉は、空を見て、「あれが夏の大三角だよ」と言ってくる。

 デネブ、アルタイル、ベガ。少年には、どれがどれだかよくわからなかった。


「……お姉ちゃん」

「なーに?」


 姉は指を一本ずつ絡めてくる。

 灯奈と同じだ。


「さっき、セミが食べられてたでしょ。なのにぼく、なんとも思わなかったんだ。おかしいのかな?」


 姉は、その質問に、変じゃないよと答える。


「虫取りたくさんしてたから、ああいうのに慣れてるんだよ」


 確かに、小学低学年の時は、ああいった、虫と虫が争う光景を多く目にした。だが、


「ぼく、昔から、平気だった。でも、死んでる虫が食べられてるのは、すごく嫌いなんだ。変じゃない?」


 少年は、できる限りの不安を声に乗せた。


「それは、死んだ生命の扱われ方のほうを大事にしているんだよ。虹人は、虫と関わる中で、たくさん生存競争を見てきたんだろうから」


 もっともらしいことを、姉は言った。

 灯奈と同じくらいの、頬を赤らめた笑顔で、手を、強く握ってきた。


「あたしね、虹人のそんな優しさが好きだよ。虫の命も真剣に考えられる、私の弟が大好き。だから、そんな暗い顔しないでよ」


 姉の熱い息と、きつい抱きしめへ。

 それは違うよ、と心の中で否定した。

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