6.洋館の幻術

「ひ、ヒィィ……助けてくれ、あぁ……俺らが来るような場所じゃなかったんだ……」


 森の洋館に入って3秒、俺は床に倒れ込む男の冒険者を発見していた。おそらく数分前に聞いた叫び声は、この人のものだったようだな。


「アンタを助けに来た訳じゃないけど……とりあえずここで何があったんだ?」


「あれは悪魔だ……悪魔に取り憑かれた子供に仲間が全員食われてしまったんだ……あぁああ!!」


 ダメだ、もう完全に正気を失ってしまっている。

 見たところこの男、冒険者の中でも優秀なBランク級の魔力量には見えるけど、今やこの有様。


 おそらくこの洋館には危険度Aランク以上に匹敵する化け物がいると考えて間違いはなさそうだ。


「まだ意識があるなら、とっととここから逃げてくれるか?そこまでは手伝えないぞ」


「あ、あぁ……あぁ……」


 なんとか最後に俺の命令を聞いてくれた冒険者は、ほとんど這うようにして洋館から出ていくのだった。

 すると入れ替わるようにして赤髪の長身女鍛冶も洋館に入ってくる。


 よし、とりあえず足の速さ勝負は俺の勝ちって事だな!


「遅い到着でしたね!道に迷ったのかと思いましたよ」


「………本命は2階か」


「え、無視?ヒドくないですか?」


 だが相変わらず彼女は俺の言葉など聞き入れず、スタスタと2階に繋がる階段を登っていくのだった。


 クソ、ダメだ。あの人のペースに乗せられたらダメだぞサン・ベネット!

 とにかく早く強く、彼女よりも大きな戦果を残して俺に一目置かせてやるんだ。



「……死んでいる」


 彼女が首元に手を置いた男は、どうやらもう生きてはいないようだった。現在は森の洋館の2階、食堂と見られる場所を探索している。


 倒れて絶命している男の体にはナイフやフォークが無数に刺さっていて、その血が”乾いてしまうほど”に時間も経過しているようだった。


「おそらくさっき逃がした男の仲間っぽいですね。食われたとか言ってたくせに、被害妄想だったみたいだな~」


「……時間のムダだな。君は東側から探索しろ。私は西側から探索していく」


「待って、全然会話が成立してないんすけど」


 ……だが彼女はいつも通り俺の言葉など無視して、食堂を出て西側へスタスタと歩いて行ってしまった。もはや俺の事は素材回収の時間を短縮する為の道具としか思っていないみたいだね!


 でも……。


「言ってる事は正しいからな~。仕方ない、あっち側から探索していくか……」


 そう1人で呟いた俺は、彼女と同様に食堂を出ようとした。


——————だがその時だった!



【バタンッッ!!!】



 突然食堂入り口の扉が勢いよく閉まったかと思えば、そのまま地面や壁がグニャングニャンと揺れ始めたのだ!


「お、いよいよ攻撃が始まったか?」


 しかし俺は、あくまでも冷静に状況を判断する。

 これぐらいの変化で動揺していては、Sランク冒険者なんて務まらないからね。……まぁそのランクすら剥奪されたんですけど。


「フフフ……。ようこそ私の洋館へ」


 すると部屋の隅から突然少女の声が響く。

 確かこの声は、洋館に入る前に2階から俺を見下ろしていた、禍々しい魔力を持っていた少女の声で間違いない。


「悪いけど俺、長居するつもりはないんだ。女鍛冶がアンタの素材が欲しいみたいだし、子供の姿していようと容赦しないよ!」


「そんな事おっしゃらずに。美味しい食事の数々を……」


 だが俺は少女が全てを語り終える前に刀を抜き、魔力を集中させた脚で床を全力で蹴っていた。そして勢いのまま一気に少女との距離を詰める!


【スパァアアン……】


 直後、手応えのない感触が俺の手に伝わった。

 確かに俺の目には、真っ二つに切った少女の身体が映っている。


 だがそれはあくまでも”幻”。案の定、数秒すれば彼女の姿は霧のようにモヤモヤと消えて行ってしまったのだ。


「魔力が薄いと思ったけど、やっぱり幻影の類だったか。それで本体はどこなの?一緒に遊びたいんじゃないの?ねぇ聞こえてる~?」


 俺はグニャグニャと揺れる部屋全体に向かって語りかける。

 だが返答はない。どうやら俺はこの食堂に閉じ込められてしまったようだ。


「幻術か~……だるいな~……」


 俺は愛刀の百雷鳴々ひゃくらいめいめいから軽い雷撃を放ってみたが、残念ながら壁は破壊できなかった。ただバチンと弾けるだけで、ダメージらしきモノは一切入らない。


 うーん、完全にこれは幻術の類だね。

 おそらく洋館に入ってから食堂に入るまでに、幻術にかかる手順を踏んでしまっていたのだろう。


 しかも俺が1人になったタイミングで発動するのだから、余計にタチが悪い。……というか1人になるのが発動条件なのかもしれない。


「とりあえず状況としては、食堂には俺1人……。机にはナイフとフォーク、あとは上にシャンデリア。窓は外が見えないし、床と壁はグニャグニャしている……」


 この世界における幻術は、かならず”縛り”というモノがある。

 例えば「Aの行為をされないかぎり、対象者の行動を強制できる」とか、「Aの行為をしない限り、Bの行動はできない」とか、まぁ腐るほど色んな種類があるのだ。


 ていうか今ピンと来たけど、そこに転がってる冒険者の死体の血、なぜか乾いてたんだよな。

 1階で逃した冒険者はケガしたてホヤホヤだったけど、この冒険者はナイフとフォークで刺されて出血してから、明らかに時間が経過しているように見える。


 なるほど、つまり次に来る攻撃は……。


【シュンシュンシュン……!!】


 やっぱりね!机の上のナイフとフォークがフワァ……と宙に舞い上がり、いきなり俺に襲いかかってきていた!

 この倒れている冒険者はきっとこの攻撃を受けて、そのまま長時間が経過して衰弱したのだろう。


 とりあえずこの幻術の効果は、空間閉鎖と時間拘束。

 外界との時間の進みにギャップが生じていた原因は、恐らくそこにある。


【キンキンッ!】


 俺は迫り来る高速の刃物達を刀で振り払い、改めて食堂全体を見回した。

 だけどやっぱりヒントになりそうなモノはない。


 こうなったら……色々試してみるに限るよな!



「食堂は食事する場所でしょ!?なら食事しよう!」



 うん、俺は何も間違った事は言ってない。

 数秒後に再び飛んできた刃物達を素手でパシっと掴んだ俺は、そのまま長机に座る。

 すると驚く事に、目の前の机上に変化が起こったのだ。


「おぉ、皿が出てきたぞ……!」


 よしよし、どうやら手順は間違ってないっぽい。

 それを証明するかのように、皿の上には突然食事も現れ始めた!

 高級な料理店でしか食べられないような、高級フレンチのようだ。


「マジで!?これ食べて良いやつ?めっちゃ歩いてきたし、丁度お腹腹減ってたんだよね~。助かる~!」


 そして俺は何の躊躇もする事なく”皿を持ち上げて”肉を口へ運ぼうとした。すると……。


【キャアアアアア!!!】


 突然食堂に響き渡る少女の叫び声!

 そして一瞬にして食事が目の前から無くなり、部屋中の数百のナイフとフォークが一斉に俺に襲いかかってきたのだ!!


「なんで!?美味しく食べようとしたじゃん!?」


【キンッキンッキンッッ!!】


 まるで再放送のように刃物を刀で弾いた俺は、とりあえず冷静に何がいけなかったのかを考える。


「……もしかして、マナーも守らないといけない感じ?」


 俺は再び襲いかかってきたナイフとフォークを掴んで、これまた再びイスへと腰掛けた。すると……。


「また料理出てきた!ん、待てよ?もしかしてこれ無限に食べ放題の可能性ある……?」


 とりあえず俺は、先ほどとは違う手順で食事を進める事にした。まずはスープをゆっくりと飲み、そっと机に置く。


「飲めた……!料理が消えない!」


 なら次は食べ損ねたステーキだ!さっきは皿を持ち上げて食べようとしたら、料理が消えたんだよな。なら今度は皿をそのままにして、食べてみよう!


「うん……うん……食える、食えるぞ!!」

 

 だが俺が口の中に肉を一杯に詰めながら喋った途端、再び"あの声"が響く。


【キャアアアアア!!!】


 そして霧のように消える料理。

 そして襲いかかってくる部屋中の刃物達。


 はいはい、もう完全に理解した。

 ここは【食堂】。つまり完璧な食事マナーで食べ終える事ができれば部屋から出られるって事ね!

 今のは……口に食べ物を入れたまま喋っちゃダメ!って所か?


 時間拘束なんて強力な効果を発揮できる縛りだ、相当リスクのある縛りを設定していると思ったが……。


「マナー間違えれば食べ放題じゃん!!最高の縛りだよコレは!!」


 俺は肉を食ってはマナーを破り、肉を食ってはマナーを破り、肉を食ってはマナーを破り……。


 空腹の胃が120パーセント満たされるまで高級料理を満喫するのだった。

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