第50話 奴隷王の憎悪

 立ち尽くす、黒金のローブを纏った少女。


 戦いの勝者であるはずのエミルの心臓を貫通して、一本の投げ槍が突き立っている。



 ダ、ザザザザザザ!!!!



 続けざまに弓矢、槍、剣、斧、百近い武器が雨のようにエミルに向けて投擲され、その悉くがエミルの身体を切り刻み貫いた。



「っ、エミルさん!!」

 

「お、おい!?」


 イリアとアゼルは目の前の光景が理解できずにいる。


 エミルはイリアたちの声に応えることなく、肉体を貫通して地面に突き立つ数多の武器によって倒れることも許されない。



「ハ、ハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 勝ちだ、勝ちだ!! 我々の勝ちだ!!!!!!」


 狂喜に、憎悪に、満ち満ちた、奴隷王ラヴァン・パーシヴァルの声が広場に響き渡る。


「ハハ、ハハハ。 ハハハハハハハハハ!!!! 貴様たち良くやってくれた。これで、これで憎き魔法使い、穢れの根源、エミル・ハルカゼを討ち取ったぞ!」

 イリアたちを見据え、嬉し涙を溢しながら奴隷王は勝利の宣言をした。



「卑怯です!! アスキルド王! 約束を守らず、仮にもあなた方側に立って戦ったエミルさんにこのような影討ちをしかけるなんて」

 イリアは必死に起くようとするが、限界を越えて酷使した身体は彼女の命令に応えてはくれない。



「?? 何を言っているのだ。約束というものは理性ある人間同士で行うものだ。私があのような化け物と言葉を交わしたと思っていたなど酷い侮辱であるぞ勇者よ」

 心底心外だと、奴隷王は続ける。


「もしかするとアレを同じ人間だとでも思っているのではないか? アレこそが、あやつらこそが真の悪鬼なのだ。かつて我らが奴隷となった時、どのような扱いを受けたか知っているか? 戦場の激戦区に駆り出され、いくらでも替えのきく消耗品のように使い潰された。戦いの中で隣の仲間が気紛れのように敵ごと魔法で燃やされていった。幼い私があの地獄を生き延びることができたのは多くの家臣が、民が私の身代わりとなって死んでいったからだ。あの狂気の国を滅ぼせたのは奇蹟以外のナニモノでもない。だが足りぬ。まだ足りぬ。やつら穢れの一族はまだ生きている。まだそこの娘のような化け物を産み出し続けている」


 ドロドロと際限なく溢れだす憎悪に満ちた言葉。

 狂気すら感じるその姿、


 だが何よりも恐ろしいことに、この王は誰よりも正気だった。


「そこのこそはこの国を脅かす最大の異物だ。がいるから穢れ人たちは未だに魔法国の復興などと叶わぬ夢を見る。奴らなどいずれ我らに一掃されるゴミクズでしかないというのに!」


 あまりに高揚して言葉を捲し立てたためか、奴隷王ラヴァンは肩で息をする。


「──フゥ。思わぬところで役に立ってくれたな勇者イリアよ。今回の不法入国については不問にしてやろう。そこの半端な魔王とともに迅く去るがいい」


 満足する結果を得た彼は、鷹揚な態度でイリアたちの処遇を決定し、


 続けて、



「だが、この子供らの命は諦めるのだな」


 奴隷王はそういって合図を下した。


 命令を受けた二人の騎士は直ぐ様に聖剣を振り上げて、ユリウスとカタリナ、魔族の子供の首を捌ねようとする。



「イヤァー!!」

 カタリナが悲鳴を上げ、ユリウスは諦めたように目を瞑る。



「ふざけるな!」

「止めて下さい!!」


 イリアとアゼルはダメージの残る身体を無理やりに動かそうとするが、とても間に合わない。



 1秒後の絶望が決定付けられたその時、




「ウィンドショット×2」


 どこからともなく声が聞こえるのと同時に聖剣を振りかぶっていた二人の騎士が風の弾丸を受けて吹き飛ぶ。



「何だ? 何者だ!?」


 あたりを見渡しながら奴隷王が叫ぶ。



「何者も何も、こんなことできるのはアタシしかいないでしょ」


 聞こえてきたのは魔法使いエミルの声。


 しかし彼女は今も多くの武器で串刺しになっている。

 

 血の一滴も流さないまま。



「ちゃんと見てれば気付けたはずだけどね。憎しみで目を曇らせ過ぎなんだよ奴隷王。ほい、エアミラージュ解除」

 

 パチンと指を鳴らす音がすると、吹きすさぶ風とともに串刺しとなったエミルの姿はスゥっと消え、刺さっていた大量の武器が地面に転がり落ちる。



「!? どういうことだ! あの化け物はどこへ行ったのだ!?」


 半ば狂乱したかのように奴隷王は周囲をキョロキョロ見回している。



「ここだよ、ここ」


 先ほどまでエミルが串刺しになっていた場所のすぐ近くの空気が歪み、本物のエミルの姿が現れる。



「光の屈折率を操作して姿を隠すミラージュカーテン、魔法使いアタシたちの常套手段でしょ。寿命も残り少なくなっていよいよボケ始めたかな」



「……だとしても先ほどのはなんだ!? 確かに多くの武器がキサマを貫いたはずだ」



「ああ、あれは空気を圧縮して人間大の塊を作って、そこにアタシの姿を蜃気楼みたいに載せてたんだよ。空密、空気のグローブを作った魔法とミラージュカーテンの応用だけど、良くできてんでしょ?」



「な、それではますます分からん。キサマは我々の動きを魔王や勇者と戦いながら把握していたというのか? あれだけの動きをしておいて戦いには集中していなかったと?」



「いやいや、失礼な。この上なく集中してたよ。ただ、魔法使いの集中ってのはあやふやなジンを正確に知覚することに費やされる。つまりアタシが戦いに集中するってことは、ここら数キロの範囲の人の動きを把握することと一緒なんだよ。」


 エミルは右手で何もない空間に指を這わせる。

 まるでそこに、彼女の言う『ジン』があるとでもいうかのように。


「それで、あんたらが戦いの終わりを狙って仕掛けるっぽかったからアタシのダミーを用意したわけ。……あのさ、奴隷王。かつてアンタが魔法使いにどれだけ酷い仕打ちを受けたか知らないし、結果としてアタシたちを憎むのは勝手だけど、少しは憎む相手のことを知っておきなよ。今みたいに足元すくわれるよ?」



「!? ハ、ヒャ、ヒャハハハハハハハ!! キサマらのことを知るだと? ハハハ、十分過ぎるほどに知っているともこのゴミクズどもめ!」


 突然狂気に触れたように奴隷王は目をギョロっと剥き出しにして、顔中の皺を怒りに歪ませて叫ぶ。


「魔法などという異能を偶然手に入れたばかりに思い上がったクズたち。自分らを新たに進化した人間だと謳い、我らアスキルドの民を奴隷として消費した非人間ども」


 90歳を超えるとは思えない声の圧力が辺りに響く。


「奴隷王? そうとも私は奴隷王だ。私が奴隷王だ。一度はクズどもの奴隷となり、そこから這い上がった奴隷の王。どうだ、奴隷王ラヴァン・パーシヴァル。これほどの皮肉な名はない。キサマら穢れ人を滅ぼすその時まで、私は死んでも死にきれぬわ!」


 その、煮えたぎった憎しみを示す奴隷王とは対照的に、


「…………あ、そう。ジジイの気持ちなんてアタシは正直どうでもいいよ。ただ、人は全て平等だと国民に謳いながら、一方でアタシたち魔法使いを目の敵のように憎み尽くす。その帳尻は一体どこで合わせてんのさ?」


 エミルは冷めた瞳でこの国の根本的な矛盾を指摘した。



「────何を言うゴミクズめ。人は生まれながらにして皆平等であるべきだ。人が生まれながらに持つ権利、人権の保証された素晴らしい国を私は作りたい。生まれながらに不当に扱われる命のない世界に生きてみたい。それは昔も今も変わっておらぬわ」


 聖人のように落ち着き払って、奴隷の王は語る。


「しかし!  人の枠から零れ落ちたモノなどに与えられる権利などあるわけがないだろう!」


 人の平等を騙る、醜悪な獣の咆哮だった。


「フー、フー、フッ。…………今はそこの穢れ人の子供を連れてすぐに消えるがいい! キサマたちの一族はいずれ私自らの手で駆逐してくれるわ」


 奴隷王ラヴァンはそう言ってエミルに二つの鍵を投げ渡した。



「お? なんだ、ちゃんと鍵くれるんだ?」

 パシッと左手でエミルは鍵を受けとる。


「ふん、戦いが終わってキサマが生きてきたのだから仕方あるまい。私が人である以上、自分との約束は破れぬからな」


 奴隷王の言葉を聞いているのかいないのか、エミルは手にした鍵を眺めると、


 右拳を地面につけて、奴隷王に向けて跪いていた。



「…………キサマ、何の真似だ?」



「いやなに、そう言われちゃうと私も約束を破るわけにはいかないなと思って」



「?」



 奴隷王含め、周囲の人々皆エミルの発言の意図が読み取れずにいた。


「本当は、約束なんて関係なく、戦いが終わったら適当に大暴れして帰ろうと思ってたんだよ。だけどそっちが約束を守った以上、アタシも守らないとね」



「エミルさん?」

 彼女が誰かにかしずくなどあり得ないと、付き合いの長いイリアはいぶかしむ。

 

「…………でもさぁ、大暴れはしないって約束だったけど、暴れないとは言ってないわけだし、これが大暴れかどうかの線引きを決めるのはアタシだよね」

 エミルはニタリと笑って奴隷王ラヴァンを見据えた。



「!? キサマ!」


 エミルは跪いている、……のではない。



 地面に向けて拳を打ち抜く事前動作なのだと奴隷王が気付いた時には既に遅かった。



「『震腕』」


 エミルは魔力を込めた右拳を地面に触れたままで、力を大地の深奥に


 

 ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 エミルの透した魔力により大地のジンが活性化し、大広場全体が激しく揺れ始める。



「こ、この化け物が!!」


 激しい揺れのために近場の物にしがみつきながら、奴隷王が叫ぶ。



「はは、このくらいアタシにしたらカワイイもんでしょ」


 エミルは既に、両手に魔法使いの子供たちを抱え、激しい揺れの中でも平然とバランスをとっていた。


 揺れはいよいよと激しさを増して広場に敷き詰められた石畳が次々と壊れていく。



「それじゃ、アタシはこれで。ほら、もうイリアも走るくらいならできるでしょ。あの子らも助けるんならさっさとね」



「!? はい! ありがとうございますエミルさん。」



「ちょっと待ちなさいよ。イリアが今の状態で魔族に触ったら大変なことになるでしょ。ほら魔王、あんたの子供たちなんだから自分で助けなさいよ」

 駆け出そうとしたイリアをアミスアテナが慌てて止める。



「いや、俺の子供ってわけじゃないがな」


 アゼルもようやく回復したのか、膝をつきながらも立ち上がった。


「だが、俺の民だ。返して貰おうか」


 ユリウスとカタリナは未だ斬首台に縛りつけられたままになっている。


「………………そういえばここは奴隷の国だったな。この国のルールを無視して奴隷をタダで連れ帰るわけにもいかないか? ふん、……貴様らへの対価はこれが調度良いだろ」


 アゼルがそう言うと、彼の背後に千を越える数の魔石が精製されていく。


「奴隷の国アスキルドの王、ラヴァン・パーシヴァルよ! 我が民をもてなしてくれたせめての礼だ。受けとるがいい!」


 魔王アゼルの魔石が高速で打ち出され処刑台や、ユリウス、カタリナの拘束を破壊していく。


 エミルの引き起こした破壊も相まって、あらゆる物が粉々に砕け散っている。


 その破壊を終えて散らばった数多くの魔石と、恐怖に打ち震えるアスキルドの兵士たちを見て。




「……ふむ、しまったな。少し払いが多すぎたか?」


 魔王アゼルは意地悪気に笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る