第39話 奴隷王ラヴァン・パーシヴァル
時刻は正午過ぎ、アスキルドの城下町の大広場には今や大勢の民衆が押し寄せている。
彼らの興味を引いているのは広場の中央に設置された、巨大な処刑台である。
混乱を避けるため、処刑台の数十メートル前から規制がかかっており、兵士たちが立ち入りを封じている。
処刑台には二つの斬首台が用意され、その後ろにはこれから処刑される赤髪の少年と青髪の少女が鎖に繋がれて立たされている。
「よくぞ集まってくれた、我がアスキルドの民よ!」
処刑台の上、よく通る声で一人の豪奢な衣服に包まれた老人が民衆に向けて話し始めた。
老人の正体は奴隷王ラヴァン・パーシヴァル。半世紀を越えてこのアスキルドを支え続ける名君である。
奴隷王の年齢は既に90を過ぎており、右手には宝石の埋め込まれた長い杖を持ち、長い白髪と白鬚をたくわえて顔には険しい皺が刻まれ、肉体の老いは誰の目に見ても明らかである。
しかし、その瞳には力強さと何かしらへの憎悪が常に燃え滾った異質さを宿している。
「今日、この日をいかに待ちわびたことか。2年前より、愚かな魔族どもに我らが土地は蹂躙され、多くの者が家族や財産を失った。あの白銀の勇者殿に救われてから十ヵ月、ようやく我々は以前のような国の賑わいを取り戻すことができた」
「今日この日に勇者殿を我がアスキルドへ招くことができなかったことは非常に残念ではあるが、かの勇者殿への深い感謝は当然皆も感じているところであろう」
「さあ、皆の者! 最後に残ったこの魔族どもを討ち果たすことで、我らの苦渋と怒りの日々に区切りをつけることとしよう。…………穢らわしき魔族の子よ、最期に何か言っておくことはあるか?」
奴隷王ラヴァンは憎しみの籠った瞳で、魔族の子供二人へと最期の言葉を促す。
「お前たちに告げることなど何もない。お前たち人間のような獣とならずに逝くことができることを、ただ誇りに思うだけだ」
恐れを押し殺した、誇り高い瞳で赤髪の少年は奴隷王を見返す。
「ふん、生意気な小僧だな。……まあいい、もう一人のお前もそれでいいのか?」
奴隷王の言葉とは裏腹に老人の表情に感情の揺らぎは見られない。
どのような挑発的な言葉でも、奴隷王の根底にある憎しみの前には何の意味もなさない。
そんな老人を意識の外に置いて、少年は彼らに心だけは屈することなく死を迎えることだけを希望に瞳を閉じた。
数瞬の静寂の後、
「い、や、…………けて、……すけて、助けて! お願い助けてください!」
必死に涙を流しながら助けを願う青髪の少女。
「死にたくない、死にたくない、死にたくないの。私はこんなところで死にたくなんかないの!!」
「カタ、リナ?」
意外そうな表情で隣の少女を見つめる少年。
最期は無様を晒すことなく死を迎えることが、人間たちへの些細な復讐だと思っていた彼にとって、彼女の助命を乞う叫びはあまりに予想外だった。
彼女も自分と同じように終わりを受け入れ、諦めていると思っていた。
今彼の心の中は、望んだ晩節を汚されたことへの怒りと、彼女の不安を汲み取ることができていなかったことへの申し訳なさでひどく動揺していた。
「ふっ。ハッハッハ」
奴隷王の嘲笑が響く。
この少女の嘆きは奴隷王の心によほど響いたのだろう、彼は満悦した表情で舞台の中央を処刑人に譲って自らは端へと移動する。
処刑の執行人に選ばれたのは聖剣を所持した二人のアスキルドを代表する正騎士である。
いかに魔族の中でも強大な「貴族」に類する者といえど、聖剣であれば間違いなく命を絶ちきるだろう。
厳かに民衆の前に進み出た彼らは、誇り高く少年たちにとっての死の宣告を響き渡らせる。
正騎士たちにとっても、アスキルドを苦しめた魔族の処刑を執行できることは何よりの名誉だった。
「ではこれより、この魔族どもを断罪する!」
処刑執行人の宣言とともに民衆からは大歓声が巻き起こった。
「「「 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 」」」
二人の魔族の子供、ユリウスとカタリナは兵士によってそれぞれ断首台に押さえつけられ、斬首を任された二人の正騎士は、それぞれが聖剣を取り出して大きく構える。
明確な死の予感を前にして少女の叫びはさらに加速する。
「助けて! 助けて! 助けてください! どうか! 誰か!
虚空に消えていく、届くはずのない叫び。
だが、
「ああ、ちゃんと聞こえている。もう安心しろ、魔王アゼル・ヴァーミリオンが必ずお前たちを助け出す」
漆黒の風とともに、重く低い声が響く。
処刑台の前には2つの影。
既に封印の解かれた魔王アゼルと勇者イリアが立っていた。
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