第3話 賢王の依頼

 200年前、西の果てから魔族が人間たちの世界に侵略してきたことで数多くの命や土地が奪われたが、それはどこまでも無制限というわけではなかった。


 魔族たちの生存には「魔素」と呼称される黒い霧のような要素が必須で、彼らは魔素の侵食の止まった大陸中央を越えて活動することはなかった。


 これによりハルモニア大陸の東側は人間にとって比較的安全な生存圏として残ったのだった。


 そして魔素の侵食の止まる大陸中央の領域は「大境界」と呼ばれるようになり、人間と魔族が土地の奪い合いを繰り広げる主戦場となった。



 しかしその戦争も長期に渡って続き、次第に争いは小規模化していったのだが、


 2年前に状況が一変した。


 決して大境界を越えて攻めてくることはないと思われていた魔族の軍が、その想定を越えて大規模な侵攻を開始したのだ。


 当然人間側も必死で応戦したが、侵攻から半年が経つ頃には人類圏の半分以上を魔族に支配されてしまった。


 絶望の淵に立たされた人々であったが、突如現れた4人のパーティーによって事態は急速に解決していく。


 彼らの活躍によって魔族を再び大境界の向こう側に押し戻すことに成功した人類は、1年を費やして各地の復興を成し遂げる。


 

 だが、その中で「最果てのハルジア」と呼ばれる大陸東端の歴史ある大国は、一つの大きな問題を抱えていた。



「さて、貴殿も知っていることだとは思うが、我がハルジアは頭の痛い厄介ごとを抱えている」

 荘厳な玉座から、重く、威厳のある声が響いてくる。

 

 声の主は黄金の冠をかぶった、五十歳くらいの男だった。

 眉間に刻まれた深い皺、壮年ながらも体格はがっしりとしており、豪奢なマントがより一層その風格を引き立てている。

 

 男の名はグシャ・グロリアス。長い歴史と伝統があるだけが取り柄と言われていた最果ての国ハルジアを、たった一代で人類圏最大の国家にまで押し上げた誉れある賢王である。


 ハルジア城の謁見の間には国の重鎮達が並んでおり、賢王の近くには「王の双剣」と渾名される、黒騎士アベリア、白騎士カイナスが恭しく控えている。



 王の視線の先には一人の若者が礼儀正しく跪いており、静かに王の言葉に耳を傾けていた。


「10年前のことだが、このハルジアからほど近い平野に、あろうことか魔族の城が建てられた。それもたった一晩でな。当然ながら我が国からすぐに兵を出して討伐を試みたが、敵の強さは異様と言う他なく、送り出した兵士たちは城に立ち入ることすらもできずに悉く敗退してしまった」

 賢王は苦々しそうに語る。


「まあ、不幸中の幸いではあるが、向こうから何かを仕掛けてくることもないので、今までは放置せざるをえなかった。嘆かわしいことに、あの城は今では民から『一夜城』などと呼ばれ、他国からも観光客が来る始末だ」


 国の威信の象徴である王城の目と鼻の先に、堂々と敵の城が建てられてしまっては面目が立たないというものだろう。


「まあ2年前までなら、これも笑えない笑い話ですんでいた。だが現在は状況が変わってな。誰もが忘れもしないだろう魔族の大攻勢によって多くの民と土地が傷ついた。……それはもちろん我が国に限らずな。貴殿らの尽力によってようやく奴らを追い返すことはできたが……」


 王の言葉が淀んだ。おそらくはこれから話すことが今回の本題なのだろう。


「今現在、他国からその城を破壊しろという要求が再三に渡って来ているのだ。本来、他国からの一方的な要求など聞く義理はないのだが、まあ今回は向こうの言い分も理解できる。もしあの城を魔族の拠点にされた場合、『大境界』の手前に布陣している同盟軍は手痛い挟撃を受けてしまうことになるからな」


 賢王の危惧は確かである。10年間何もなかったからといって、これからも何も起こらないという保証はどこにもないのだから。


「しかし、先ほども申したが我が軍ではあの城に住む敵には歯が立たない。そこで貴殿に依頼なのだ。世界の窮地を救った栄えある『勇者イリア』よ、そなたの力をもってあの城の主を討伐して欲しい」


 一国の軍隊でも敵わない相手に対して、たった一人で討伐に挑めという無理難題を……


「お受けいたします、賢王よ」

 一切の逡巡なく勇者と呼ばれた者は了承した。


「おお、受けてくれるか勇者よ。この依頼を為し遂げることが出来たなら褒美は如何様にでも取らせよう。討伐にあたって何か必要な物があるのなら申すがよい」


「不要です。この身とこの聖剣があるのならば、他には何もいりません。それに、褒美も必要ありません。何より我が身は彼ら魔族を打ち倒す為にこそあるのですから」


 賢王の言葉に毅然と応えたのは、白銀の美しい長髪に銀色の瞳、鎧などの装備も白銀に染められた、まだあどけなさの残る少女だった。


 歳の頃はようやく十代半ばを過ぎた頃だろう。

 身長が高いというわけでもなく、その細身で本当に剣が振るえるのか疑わしいほどだ。


 しかし、その場に列席する者の内誰一人として、彼女を軽んじ訝しむような者はいなかった。


 彼女が、彼女こそが、窮地に陥ったこの国を、いやこの世界を救った勇者なのだから。


「では早速ですが、行ってまいります」

 颯爽と白き外套を翻して、勇者と呼ばれた少女は謁見の間を退室する。


 その手に銀晶の聖剣を携えて。

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