エルダーストリア‐純白彩加の魔勇譚‐
秋山 静夜
第一譚:無垢純白の勇者譚
第1話 いつかのどこか
「ねぇねぇお母様! またこの本を読んで」
幼く愛らしい少女が大きな本を両手に抱えて、母親らしき人物に頼み込んでいる。
「また? その本はこの前も読んであげたでしょ。お母さん今度は違う本が読みたいな」
母親は優しく、柔らかな声で幼い娘に語りかける。
「ダメ! この本がいいの! この本をお母様が読んでくれる時は、まるで本当に本の世界に自分がいるような気分になれるんだもの」
キラキラと輝く瞳で少女は母親に訴える。
「ん~、もう仕方がないわね」
このやりとりは、今までに何度となく繰り返されてきたことなのだろう。
母親は諦めたように柔らかな笑みで少女から本を受け取りページをめくる。
丁寧に装丁してある本ではあるが、幾度も読み返されたのだろう。本の端々は少しくたびれてきている。
「確か、この前は最後まで読んでしまったのよね。うん、それじゃあ今日はまた始めから読むわよ」
懐かしむように、過ぎた日々を惜しむように、少しだけ目を細めて母親が語り始める。
『むかし、むかし。この世界には一人の勇者と一人の魔王がいました』
慈愛に満ちた声が紡がれる。
幾度も、幾度も読み返された物語が、再び言の葉となって流れ出す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本当の悲劇を知っているかい?
真の惨劇を君は見たことがあるかな?
200年前、確かにそれはあった。
西の最果てにて魔界の門が開き、突如として恐ろしき魔族たちが溢れだしてきた。
彼らには剣は効かず、一つの村、一つの町、一つの国がなすすべもなく瞬く間に滅んでいった。
そして最悪なことに溢れ出したのは魔族だけではなかった。
彼らの襲来と同時に魔障の霧が国を覆い、大地を侵し、ありとあらゆる生き物たちが発狂した。
野の獣は強大な暴獣と化して人を襲い、空を駆け抜けるだけだった鳥たちは地の死肉を貪る魔鳥となった。
人が死に、人が死に、人が死んだ。
愚かな争いを繰り返しながらも、未来を語る余地を残す程度には平穏を保っていたはずの世界は、たった一度の異物の混入によっていとも容易く終焉を提示された。
千年先、二千年先の未来を指し示していたはずのコンパスは、とっくの昔に壊れていた。
しかし地に産み落とされた人の子よ。
それでも、それでもと願うなら。
君は「何」を差し出すことで、その「生」を謳歌する?
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