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■エドゥアール・マネ『ベンチ』1881年 個人蔵


「腰掛ける」


そのベンチは

華奢な作りで

頼りなさげに見えたけど


座ってみると

とても居心地がよく


歩いていたときよりも

少し目線を下げて

座りながら見る世界は


よく、良く、見えて


私は得した気分になる


駆け寄ってきた子供たち


ああ、あなたの目線

高さ、同じなんだね



■ペーダー・セヴェリン・クロイヤー『スカーゲンビーチの夏の夕暮れー作家とその妻』1899年 ヒアシュプロング美術館


「夢」


懐かしい静寂が

帰ってくる


淡い情熱も

孤独な痛みも

手放した迷いも


隣には誰もいないけど

確かに人の気配がする


私は浜辺を散歩して


夢の中で

思い出に寄り添う


月明かりに

照らし出された

暗いはずの海を眺めながら


人の心とは

なんと広いのだろう


■フィンセント・ファン・ゴッホ『ひまわりのある庭』1887年 ゴッホ美術館



「ヒマワリ」


真夏の最中


私の家の周りに

なぜかヒマワリを

見かけない


駅までの細い路地

曲がり角に差し掛かると


黄色の

アゲハチョウが

頭上をヒラヒラと

行き過ぎた


ふと目線を上に上げると


私の背よりも高い所に

お庭があって


そこに背の高いヒマワリ


ありふれた夏の花

漸く会えた



■アルフレッド・シスレー『モンビュイソンからルヴシエンヌへの道』1875年 オランジュリー美術館



「夕焼け空」


夕暮れ時に

目的地に向かって

一心不乱に歩いていた


17歳の秋


田畑に囲まれ

遠くにビル群が見える


真っ直ぐな畦道


遠くの街の方を

見据えて


赤とんぼも

田畑の様子も

見る必要はなく


ただ、歩いていた


この遠景と

この気持ちを

忘れないようにしよう


とだけ思っていた


■アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『2日酔い(シュザンヌ・ヴァラドン)』1887年 ハーヴァード大学美術館


「迷走する世界」


昨日の苦味

昨日の痛み

まだ抜けない


言葉のやり取り

言い知れぬ戸惑い

アルコールの匂い


自分の立ち位置

どこなのかも

わからない


朝日に照らされて

仮面を付けて

目隠ししたまま

スタートラインに


今日がドンッと音を立てる


やってやるか!


何をかは

見えないけれど


■アンリ・ルソー『アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神』1905-1906年 東京国立近代美術館


「無秩序な現実」


夢の中


遠近感も

いる人も

吹く風も


何となく

ちぐはぐ


天使の私は


鳴らないラッパを

吹き鳴らす


もう

何が何だか


さて、電車に乗ろう


■「老松白鳳図」 伊藤若冲 1765-66年頃


「今朝の事」


あれ?

思い出せない


30秒前の

娘との会話


何かを買うとか?

何かをするとか?


冷蔵庫から

玉子を取り出した

それで記憶は落っこちて


ニワトリさえ

3歩歩いてからなのに


ずーっと覚えてる

すぐに忘れちゃう


月とスッポン

鳳凰とニワトリ


だけど、

ちぐはぐが

何だか楽しい


■ポール・ゴーギャン 『パラウ・パラウ(おしゃべり)』 1891年 エルミタージュ美術館



「私の中の試験管」


知らない人との

何気ない会話が好きだ


病院の待合室で

スーパーのレジで

歩道のすれ違いざまに

いつも行く公園で


そのチャンスは

どこでもある


何気ない会話から

私の何かが化学反応を起こす


小さい小さい変化


それが何だか

愉しくて


■カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『窓辺の女性』1822年 ベルリン旧国立美術館



「車窓の女」


電車に揺られて

窓から外を眺める


瞬間瞬間が

窓枠で切り取られた

絵を見るみたい

とても楽しい


そういう訳で

地下鉄は

少し寂しい


電車に手を振る男の子

駅に向かう道を走って急ぐ人

談笑しながら話す老夫婦


動く絵画だ


いつもと違う景色を

見たくて


遠くに運ばれてみようか


■ロベール・ドローネー『水差し』1916年 ポンピドゥ・センター



「スイカ」


スイカが好き


丸い形も

深緑と黒のぐるわも

真っ赤な中身も

黒い種も


ギャップが

何だか好き


食べると優しくて甘くて

みずみずしい


甘くない部分の多さも

意外で


夏の記憶を

甘く彩る


そんな

スイカ



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