4-5

「お兄ちゃん、また来てくれたの」


咲夜の顔を見たとたん、表情が和らぐ。そして不思議そうに悠斗と健吾をみやった。友達だと言って紹介をすると、中へ入ってと促される。4人もいると、中は一杯になった。


遥の死体はあのあとすぐに回収の人に引き取られていったという。


「君の名前は」


「まだ言ってなかったね……」


なぜか自ら名乗ろうとしない。言いたくないのだろうか。


「君にカメラを向けていいかな」


咲夜は笑顔で言う。


「カメラ? それは、8のためにしてくれること」


軽く説明をする。ホログラムに遥と名付けた、と言うと女の子は嬉しそうに笑った。


「少しはあのお兄ちゃんも救われるかな」


「そうだといい」


「カメラ、いいよ。やだなんて本当は言えないし。あ、でも本当にいいよ」


健吾はカメラを向けた。まず8の刻印と、さらに傷つけられた腕に9とマジックで塗られている個所を映す。


「名前、言えない事情でもあるのかな」


「親が名付けてくれたのはさくらなの。でもさくらは日本の代表的な花なのだからと

言われて、8になった時に『彼岸』という名前に変更させられたの。あの庇ってくれていたお兄ちゃんは、遙から『毒』に」


酷い。親から与えられ残された唯一のものさえ奪われる。吾妻も南本もそうだ。


「さくらと名乗ったらいけないの」


女の子は薄い金属の壁に寄りかかり、両ひざを立て、頷く。


「うん。なにをされるか分からない。8は日本の有名な、そしていい意味を持つ花や物や歴史上の人物の名前を名乗ったらいけない。人間じゃない生物にそんな大それた名前は付けられないって。だからそういう名前がついている子は大抵取りあげられて、マイナスのイメージのある名前がつけられる」


咲夜は悠斗を振り返った。彼岸は旧時代の頃より、墓参りの時期などに咲く花のことだそうだ。マイナスイメージがあるという。


「誰に取り上げられるの」


「施設の大人から。で、多分役所を通して国に申請するんだと思う」


咲夜は考える。下手にインタビューをすると嫌な記憶を引き出してしまうかもしれない。


「思いだしたくないことは無理に話さなくていいからね。施設では8としての自覚を徹底的に叩きこまれると以前遥君から聞いたけど、具体的にはどんなことをするの」

「部屋は与えられるけど10人ひと部屋ですべて監視されている。『もう人間じゃない』。『命の保証だけはしてやる場だ』。『ここを出たらいつ死んでもおかしくないから覚悟しておけ』。『人間と同じになろうとするな』。『おまえたちは玩具だ』そんな言葉を6年間、朝から晩までずっと浴びせられて、体にも叩きこまれる。ここから出たら毎日こういうことがあるんだと言われて、時々殴られたり衣服を剥がされたり。泣く子は電気ショックみたいなものを使われる」


「12歳までは施設から学校に通うんだよね。学校はどう」


「担任の先生や、クラスの雰囲気にもよるけど私の場合、最初はなにもされなかった。特に、8歳くらいまではただよそよそしいだけでみんななにもしない。でも、それ以上になるとまずくなって……」


「勉強は」


「文字や計算みたいな、基礎的なものは自分で覚えられるけど、パネルをもらえないから、だんだん授業にもついていけなくなる。ただ座って攻撃されるのを怯えながら過ごすだけになる。だからたとえ6歳でも、配置されたクラスが悪ければ死んじゃう子はいるよ。外からの攻撃にあって殺されることももちろんある」


「大人になれる人はどのくらいいるの。大人の8もいるんだよね」


咲夜は前から疑問に思っていたことを聞いた。この居住地区でも大人を時折見かける。


「生き抜いて生き延びている人っていうのはいるよ。そういう人が会社に派遣されるんだ。25まで生きられればいいって。でもね。ある日突然行方不明になる人もいるって」


「行方不明?」


訊ねるとさくらは首を振った。具体的なことまでわからないようだ。


「8であることが嫌になって、山で生活しているとか、海外に行くとかしているのかな。誰が逃げ出してもおかしくないし」


健吾が言った。さくらは不思議そうに言った。


「8は海外になんか行けないよ。通行証なんかとれない。どこかに密入国しようとしたってすぐにわかる。だって、私たちには前も言ったけど、追跡機能が埋め込まれているから。山で生きても同じ。国の偉い人に見つかって、連れ戻される」


「なら行方不明者はどこへ行ったんだろ」


咲夜は呟く。売買行為は禁止されているからそれはない。


「臓器提供のために殺される子はいるみたい。でもそれとは少し違う気がする。臓器提供の場合は通達が来るから」


ならますます、行方不明者の安否が気になる。


「君はここから逃げたい?」


「当り前だよ」


さくらは黒目をこちらに向けて、心の内を吐きだす。


「なんだか、死ぬことばかり考えるよ。あのお兄ちゃんみたいに。それがたったひとつの救いなの。死ぬのは怖いけれど、怖いって思うその一線を越えられたら、もう辛いことはなくなる、なにもなくなるんだって思う。最近、『怖さ』の一線を越えることと毎日闘っている。お兄ちゃん達は死にたいと思ったことある」


悠斗と健吾は即座にない、と答えた。咲夜はなにも言わなかった。


川島夫婦に引き取られる前は、死んだほうが楽かなと思ったことはある。自分が死ねば誰か代わりの子の食が補える。


捨てられた子供に価値はあるのか。そんなことを自問自答していた。お腹を空かせて毎日を過ごすことも、どうなるかわからない明日を嘆いて過ごすことも、死ねば全部消えるのだと思ったことはある。


それでもママナや仲間のことは好きだったし、そのことが支えとなって生きてきてしまった。結局、なにをどんなふうに思っても生きたかったのだろう。そうして、そういう気持ちは川島夫婦に引き取られて過ごすうちに消失していった。人間は幸せであれば、そんな考えはなくなるのだ。


「君は前、9にされそうになったと聞いたけれど、今はどう」


さくらは疲れた表情を見せる。


「私はもうとっくに9の位置づけだよ。ここから外へ出れば8に追いかけられる。8に暴行される。配給が来ても後回し。ここまで生きているのが不思議。私は一般人じゃなくて8に殺されるのかもしれない……」


さくらの顔色が悪くなった。健吾がカメラを止めた。


もうなにも訊ねないほうがよさそうだと判断し、去ることにする。明るい言葉ひとつかけられないことが辛い。


鈍い空からうっすらと日の光が射していた。雨期が終われば本格的に暑くなると聞いた。


太陽がどれだけの暑さを伴うものかわからない。ベースでは暑い土地と寒い土地に極端に分かれていて、チャムはどちらかというと通年寒い土地柄だった。


毎年どれだけの8が生み出されるのだろう。疑問に思って訊ねる。


「8の人口ってどれくらいいるんだ」


悠斗も健吾もわからない、といった。


「番号をふっているのだから国は数を把握しているのだろうけれど、一般人には不明瞭」


「そうか」


そういえばこの居住地区で吾妻の姿は見かけない。住んでいるところが違うのだろう。


帰ることを考えると、気が重くなった。

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