1-6
一日の教科をすべて終え、パネルで板書したデータを保存しチップにコピーする。
鹿江が教室にやってきて、プリントを配った。
「都市観光のスケジュールが決まりました。各自目を通しておいてください」
4日後だ。スケジュールに目を通す。バス移動でテーマパークの観光とある。それから日霧市内1周、工場見学、寺院散策、8居住地区自由行動……。
テーマパークと8居住地区というのがよくわからなかった。教室の前列にいるグループから声があがる。
「あああ。すっげえ楽しみ」
見ると、派手な服装に髪形をしている。目の前の席に座っている細身の男子の背中を軽く叩くと振り返ってくれたのでほっとして会釈をする。相手は会釈で返し古門孝と名乗った。
「急にごめん。前の席で騒いでいる子たちの名前は」
「右1列目の茶色い髪が前川、2列目のブリーチしているのが黒田、3人の前で笑っているのが横山」
「ありがとう。テーマパークってなに。チャムにはないんだ」
「遊園地だよ。乗り物に乗って遊べるんだ」
「じゃ、この居住地区自由行動っていうのは。この数字、『はち』って読むの? 『エイト』?」
「エイト。行けばわかるよ」
素っ気なく言い、南本を一瞥してから前に向き直ってしまった。
南本の机を見つめ、ふと気づいた。彼女にプリントは配られていない。
どういうことだ。8居住地区と南本とはなにか関係がありそうだが、古門も前を向いてしまったし、詳しく聞けそうにない。様々に湧いた疑問の全てに答えはなく時間がとおり過ぎる。
地球時間にして午後2時になると、みんな帰り支度を始めた。悠斗と健吾が近づいてくる。
「家、どこよ」
住所を言うと、悠斗も健吾も隣町だというので、一緒に帰ることにする。車で学校まで片道40分程度かかるが、帰りは電車を使うことになっている。
電車を走るレールは4両編成でどこも頭上の高いところにあり、形状は丸い。中は全く音がせず、窓からは都庁ほどではないがいい景色が一望できる。乗客は少なかった。
「なあなあ、今更聞いてもいい? ベースってどんなところ」
健吾が興味深そうに言う。昼に何度も繰り返し訊ねられたことを笑顔で答える。
「20カ国あるよ。僕はチャムしか知らないんだ。他の国は行ったことがなくて」
「じゃあ、チャムってどんなところ。興味ある」
悠斗も言う。
「いろんな民族がいて、いろんな祭りがあるよ。やっぱり地方と都心に別れていて、都心部は観光地として栄えているかなあ。地球より道路は整備されていなくて、砂埃は年中舞っているし、曇りが多いな。体感で言うと、重力はベースのほうが重い……酸素も薄いかな」
「祭りか。見てみたいな。ベースの人口が増えて、地球人は国が定めた限られた人しか移住ができないって聞いている。昔は地球にもベース人がよく来ていたらしいけど、今はめっきり来なくなっている。ベースには地球人、観光として来ているんだろ」
「うん。惑星そのものが違うから、地球からベースに来る観光客も、結構参るらしいよ。重力と恒星と酸素に慣れるのが大変だから、体がおかしくなるって」
「え、じゃあベース人はなんで平気なの。もとは地球人なのに」
健吾が純粋に訊ねる。
「開拓時代は慣れずに結構人が死んでいる。でも、代を重ねて環境に適応していったみたい。ベースに適応するための進化みたいなものかなあ。確かに、ベースは人であふれかえっていて領土的にも人口的にも受け入れる余裕がないみたいだけれど」
「ベース人と地球人じゃ遺伝子も少し変化していたりするのかね」
「分からない。でもベースも都合いいと思うよ。地球人の技術や観光に頼っている側面もあるのに地球にこないとかさ。だけど、もうずっと長いこと地球に頼らない独自の文化を築いていけって地球側から言われているって。家庭教師から教わった」
「家庭教師? 学校ないんだ。いいね」
悠斗が無表情で言う。
「僕は学校制度が魅力的でこっち来ちゃった」
2人の目的地よりひとつ前の駅で降りると、真っ直ぐ瀬賀家へ戻った。
部屋へ行きコンピューターをチェックする。
川島夫婦から通信が届いていた。
調子はいかがですか。無事についたと聞いて安心しました。日本での幸せを応援しています。 必要なものがあれば遠慮なく言ってね。愛しています。 川島真也・水穂
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