リグレット・ヘイトリッド

ももんちょ・がぶが

第1章 ナルシカ

第1話 ジェイン

「おい、起きろお前達!」


 かなり年季の入った酒ヤケ声が耳に響く、たまには透き通った水のような女性の声で起床したいものだ。


「ビル、明日はもっとマシな声で起こしてよ...毎朝目覚めが悪すぎるんだ...」


「おいおい、そんなつれないこと言うなよジェイン! 俺の声は目覚まし役にぴったりだと思わないか?! ガハハ!」


 無精髭が生え散らかった顎をワシャワシャと掻きながら、他の奴らを起こしに料理長のビルは部屋を後にした。


 ジェインは齢15歳にしてマクドナーン王国が雇っている傭兵団バルフルーフの一員だ、父は生前傭兵団の団長で「お前は強くなって、俺の代わりに仇である憎きタルントッテを打ち倒せ」と教えられ、毎日死に物狂いで勉強や訓練をして何とか入団ができた。


 だが近年、急激な魔物の増加により国同士のいざこざよりもそちらの対応に追われ一時休戦状態となり、猫の手も借りたいと傭兵団でさえ魔物の駆除を任されている。

以前、魔物なんてものは街道になんて現れず、道外れや森、ダンジョンにしか存在しないものぐらいの認識であった。


「はぁ、今日も近辺の魔物退治か...毎日毎日嫌になっちまうぜ...クソッ」


 そう言って悪態を付く先輩であるカイルは、渋々食堂に向かって行った。

確かに彼奴らの生臭い返り血を毎日浴びているのはいい気分ではない、魔物が急増している原因を城の魔術師達が躍起になって解明しているが未だ進展は無い。


 朝食の時間が終わり、朝の鍛錬を終え、防具を着て配置に移動する。

ジェインとカイルはつい先日、マクドナーン王国の城下町フルポトル周辺の街道に出現する魔物の駆除に任命された。

ジェインは傭兵になってからはまだまだ未熟で、武器の扱いや魔法の習得に関しては他の仲間たちに遅れを取っている状態だ。

なので戦闘の経験を積めるチャンスだと魔物駆除に張り切っていた。


 持ち場に着くと早速近くで悲鳴が聞こえた。


「た、助けてくれー!!」


「コボルト達が街道で行商人を襲っているぞ! 数は3体だ、行くぞジェイン!」


「ああ、わかった!」


 カイル達は急いでショートソードを鞘から抜き、行商人の元へ向かった。

一体のコボルトが、カイルが駆けつけていることに気付き即座に臨戦態勢をとった。

他の2体がそれに気付く前にカイルは1体目のコボルトの首筋を狙い斬りかかった。

カイルの動きの方が数秒早く、ザシュッと音を立てコボルトの首を斬り落とした。


「グギャァッ!?」


 一瞬何が起きたか分からなかった他のコボルト達が躊躇う瞬間を、ジェインは見逃さなかった。

少し離れた場所に居た、ショートボウを装備したコボルトに目掛けてダガーを投げながら駆け出した。

すんでのところで交わしたコボルトが体勢を整えようとしたところにジェインは力任せで縦に剣を振りかぶる。

コボルトの脳天に直撃した刀身は思いのほかくい込んでしまい、引っこ抜くのに手こずってしまった。


「ギギャァア!」


 剣を抜けずにいるジェインに向かって、最後のコボルトがハンドアックスを握りしめ走り出した。


「ジェイン!!」


 このままでは間に合わないと察したカイルは剣を捨て手を前に出し、詠唱を唱え始めた。


「邪悪な血を焼き尽くせ、スフェール・イグニス!」


 放たれた火球はコボルトに一直線で飛んでいき、

背中に直撃した。


「ギャァアア!!」


 背中から全身に火が移り燃えだしたコボルトは断末魔を上げながら燃え、その場に力無く崩れた。


「平気かジェイン、怪我は無いか?」


「ごめん...腹を蹴って刀身を抜けば良かったんだけど間に合わなかった...」


「ダガーを投げて牽制した所は良かったな、まああまり気にするなよジェイン、戦闘に慣れるまでは俺がカバーしてやるから。 さあ魔核を回収するぞ。」


 コボルトの亡骸から魔物の原動力と言われる魔核と言うものを回収する、これを放っておくとが魔気が溢れて魔物が寄ってくることがある。

普段は街の冒険者ギルドから出ている冒険者達の仕事だが、傭兵であるジェイン達にも件の魔物増加のせいで要請があり回収し、ギルドに届けている。


「ありがとうございました! とても助かりました! この辺りは比較的魔物が少ないとお聞きしてたので油断していました...」


「いえ、無事でよかったです。数は少ないとはいえコボルトは複数で行動しているので気をつけてください」


「分かりました...これは少しばかりのお礼です、受け取って下さい!」


 行商人は薬草や気付け薬等の回復アイテムをくれた、ジェインがいる傭兵団は回復魔法を使える傭兵がまだ少ないので重宝するアイテムの1つだ。


「ありがとうございます、助かります、お気をつけて。」


 行商人は一礼して馬車を引き、街に向かって歩き出した。

フルポトル周辺では今まで、コボルトやスライムなど比較的弱い魔物しか出ていないのは幸いだったが、いつ上位種やほかの魔物がでてもおかしくは無い。

敵対国であるタルントッテの周りではさらに強くおぞましい魔物達が出現しているらしい。


「さあまだまだ今日は始まったばかりだ、目を凝らせジェイン、1匹たりとも視界に入った魔物は逃すんじゃねーぞ」


「わかった、頑張るよカイル」


ジェインは少し手が震えていた、訓練では感じることの無い生き物を斬る感触にはまだ慣れていない。


(早く慣れてカイルの手を煩わせないようにしないと...)


 焦りと不安に苛まれながら街道を眺めた、この先待ち受ける避けることの出来ない絶望が嘲笑っている事にジェインはまだ気づかない...。

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