第10話 少年とハンバーグ


「やめなさいっ!!」


 迷宮入り口の近くにある路地裏、多少の揉め事なら素通りされてしまう街角にあって、争いに割って入るように凛とした声がかかる。


「およ?」


「あれっ? リオン?」


 ドバン達3人を足蹴にして下卑た笑顔を貼り付けていたリオンがまさかの闖入者に驚きの声をあげる。


「何しているの? こんな所で弱い者イジメなんて……」


「いやっ、コイツ等から喧嘩売って来たんだよ。それに今まで俺がコイツ等にやられてた事を返してるだけさ」


 ミリアの非難するような視線に思わず言い訳を始めるリオン。それでもミリアは更に語気を強める──


「被害者だったからって加害者になっていい訳じゃないのよ? 火の粉を払うぐらいならいいけど、相手の頭を踏んだり、尊厳を傷つける様な事はやめなさい」


「まぁ、そうだな……ドバン、これに懲りたらもう俺に付きまとうなよ?」


「ごめんね、私回復魔法は使えないの。大丈夫?」


 リオンの足の力が緩まると、這いずるように出て来たドバンにミリアは心配そうに声をかけるも


「うるせー!! 覚えてろよっ!! バーカ! バーカ!」


 あからさまな捨て台詞を吐いてダッシュで走り去って行く。ついでにいつの間にか起きていた取り巻き達も罵声を浴びせながら走り去って行く


「マジであんな捨て台詞言う奴いるのな……」


 リオンは若干呆れ気味にドバン達を見送っていると


「まったく、強くなったからって直ぐに暴力を振るう様になるのはカッコ悪いわよ」


 ミリアはミリアでリオンに呆れつつ、「それよりも……」と言葉を続ける


「今日も迷宮に潜るんでしょ?」


「おう。それよりもよ、あのシスコン兄貴とは仲直りしたのか?」


「うっ!? ごめんて……」


 リオンにしてみれば売られた喧嘩を買ったまでなのだが、カッコ悪いなどと言われ、ちょっとした意趣返しの様なモノだった。

 前日にミリアと共にミリアの実家へと向かう馬車の中で聞かされた話しでは、ミリアとカイン兄妹の根深い確執を伺わせる内容だった。

 ところが、リオンがいざ意気込んで行ってみるとただのシスコンを拗らせた兄貴が居ただけだったのだ。

 ミリアもバツが悪そうに謝る。


「とりあえず、今日は10層まで行こう。そうすれば転移陣が使えるんだろ?」


「そ、そうね。早いとこ転移陣使えるようにしなきゃね」


「そういや、なんでミリアはソロで迷宮に潜ってたんだ?」


 ふと、リオンが頭によぎった疑問を口にする


「私は迷宮の攻略が目的じゃないからね。強い敵と戦って実力を伸ばしたいのよ。でもダメね……ソロだと30層台で限界を感じたわ」


「へー、ミリアでもそこまでしか行けないのか……そんなに強いモンスターが出るのか?」


「ううん。強いって言うか……ウザい? 一体一体はそんなでもないんだけど、数が多いのよ。私は33層で断念したわ」


 ウンザリと言った表情でミリアが肩を竦めると、それを見たリオンも苦い顔をする。

 迷宮が何層まであるか分からないがミリアで33層だと、もしかすると2人では踏破は難しいかも知れないと感じたからだ。


「まぁ、いっちょ10層のボスを倒してこよーか!」


「そうね、10層のボスはミノタウロスよ」




☆★☆★☆




 千年迷宮第9層 冥府への道


 千年迷宮は1階層から5階層までに出てくる主なモンスターは、ゴブリンやコボルト、たまにスライムやケイブバットぐらいだが、5階層を越えると、今度はオークを中心にビッグホーンやオウルベア等の大型な魔獣も棲息している。

 現在30層までの地図はギルドで販売されている為、元々ミリアの持っていた地図で最短ルートを確認しながら走って降りてきていた。


「ふぅ、一気に走ってくると流石に疲れるなぁ」


「まぁね。でもあの扉の先にミノタウロスがいるわよ。準備はいい?」


「オッケー! なんだったら俺1人でやってやるぜっ!」


「ふふっ、じゃあ私は後ろから見てるわね」



 9階層の奥、10階層へと続く大きな扉。とても巨大で重厚な造りで、見るからに重そうだが、リオンが体重をかけて押すと想像とは打って変わってスムーズに開いていく。


 扉が開くと、ゆるりとしたスロープ状の通路が大きくカーブを描きながら下へと続いている。

 やがて大きく開けた円形の広場に出ると奥に次の階層へ繋がる巨大な扉、そしてその扉の前に3メートル近い牛頭人身の怪物が悠然と立ちはだかる。


「デカいなぁ……」


 リオンが近づくにつれハッキリとする彼我の体格差にポツリと呟くと、その呟きに反応した訳では無いだろうが、一定の範囲に入ったからか、今までピクリとも動かなかったミノタウロスが紅く光る眼をリオンに向ける。


「ブモォオオオオオオオオオオッ!!」


 迷宮に響き渡るような声量で雄叫びを上げると、ミノタウロスのサイズに合った、巨大な戦斧を担ぎ、ドスン、ドスンと足音を響かせ迫って来る


「うっせ! 【魔狼の王フェンリル】!」


 リオンは【魔狼の王】を発動すると勢いよく地面を蹴り上げミノタウロスへと肉薄する。

 予想外のスピードにミノタウロスが焦って戦斧を構えるも、リオンは側面に廻りつつ新調した安物の短剣で斬りつけて行く。

 魔爪化のスキルで爪を武器に出来るのだが、ガルヴァリオと違いそもそも人間の爪は武器に出来る程長く無い。格闘戦レベルの近接戦闘ならば貫手で致命傷を与える事が出来る程には威力は高いだろうが……


 リオンは以前、5階層まで行きハイオークを倒した時に魔爪でモンスター達を屠っていた為、気付いたら全身がモンスターの血肉に塗れていたのだ。

 これがガルヴァリオの様な獣人型の魔人で戦闘狂なら血塗れで笑っているのも様になったかもしれないが……

 リオンは血塗れの自分を客観視し、更に若干引いてるミリアの視線から、今後はもっとスタイリッシュに戦おうと決めていたのだ。


 それで今まで使っていた鉄剣はただの金属の棒と化していた為、5階層迄のモンスターを倒した魔核を売ったお金と、なけなしの貯金をはたいて安物の短剣を買ったのだった。


 しかし、それも……


「あぁっ!? 俺のエクスカリバーがぁ!?」


 ミノタウロスの鋼鉄の様な筋肉の鎧と、リオン自身の【魔狼の王】によって強化された身体能力に安物の短剣では耐えられ無かったようで、無情にも一撃で刀身が歪んでしまったのだった


「ミリアぁ!」


「はいはい」


 後ろで見ていたミリアがリオンの近くにレーヴァテインを放り投げると、地面に落ちる前にリオンが掴み、またもや影が走るようにミノタウロスへと向かって行く。


「ブモォオオアアァァ!」


 ミノタウロスが巨大な戦斧を振り下ろすがそこにはもうリオンはいない。スピード差がありすぎてミノタウロスにはリオンが捉える事が出来ていない。


「お、【戦斧】と【剛力】ね。一応いただきますか!」


 リオンはミノタウロスの周りを回りつつ少しずつ斬りつける。余裕があるからかミノタウロスのスキルも確認し、【共有】していくが……


「がっ!?」


 一瞬の油断にミノタウロスのがむしゃらに振り回した戦斧の斧頭が直撃する。

 ミノタウロスの剛力と巨躯による体重差により普通なら致命の一撃である。

 吹き飛ばされたリオンは激しく迷宮の壁に身体を打ちつける。


 ここぞとばかりにミノタウロスが地響きをたて走り寄ると、巨大な戦斧を振りかぶり──


「リオンッ!!」


「グモォォォオオオオオオオオ!?」


 リオンに向けて戦斧を振り下ろしたミノタウロスが絶叫する。

 見れば戦斧を握っていた右腕は肘から先が無くなっていた。


「牛野郎がっ! テメーの調理法は挽き肉に決定だっ!」


 リオンはレーヴァテインを地面に突き刺すと、【剛力】により更に強化した筋力でミノタウロスの巨大な戦斧を担ぐと【戦斧】により練達した武器の扱い方でミノタウロスの右足を切り落とす。


 バランスを崩して倒れるミノタウロスに向けて残虐な笑みをこぼす──


「ブモッ!?」


「よぉ、ハンバーグとミートボールはどっちがいい? まぁ、俺も良く違いがわからねぇんだけどよぉっ!!」


「ブモォォォォオッ!!」


 リオンは巨大な戦斧を容赦無くミノタウロスに振り下ろしていく。

 残った左腕などで防御しようとするも腕ごと叩き切っていく……

 執拗に振り下ろされる戦斧にミノタウロスは次第に動かなくなり、魔核を残して消えてしまう。


「あん? ミンチになる前に消えやがった?」


「ボスモンスターは一定時間で再ポップするからか、死んだら消えるのよ。ハイオークもそうだったでしょ? それよりも……アナタちょっとサイコパス気味なんじゃない?」


「ん? 動物の牛は容赦なくミンチにして食ってんのにモンスターの牛はダメなのか?」


「……なんだか、ヤバい奴と話してる気がしてきたわ……」


「ハハっ、まさか本気でハンバーグにして食うつもりは無かったよ」


 そうニカッと笑うリオンをみて本気で頭を抱えるミリアだった。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る