第6話 クッキーと侯爵様と私(と王様)
そんな訳で安易に結婚が決まってしまってからは、単純に準備に忙しくなってきていた。週5の勤務が週4に、そろそろ3になりつつある。申し訳ないと思っていたのだけれど、相当の補充があるらしい。
「もうさ、引継ぎだけしていってくれたらいいよ」
「そういうわけには……」
騎士団のお昼も終わり、マシューさんと一息ついていた。
「あんたが抜ける時は侯爵家からも、しばらく人を貸してくれるらしいよ」
「そうなんですか?!」
どうやら色んな手配が、自分の知らぬ間に進んでしまっているようだ。とりあえず婚約式をしなければいけないと言われたのだけど、それもなんと今週末という急さ。
「そんなに急に人を集められるものかね?」
「そこはあれです、身内だけでやるそうですよ。私も二度目ですし……」
「ああ、でもあんたは気にしなくていいと思うよ。あちらが王弟殿下だからだろうねぇ」
「……おうさま、来ちゃいますかね」
「『身内』だからねぇ……」
はぁ。とため息をついて顔を見合わせて笑う。もう笑うしかない気がする。
騎士団に来て、料理に魔力を乗せるのは慣れてきていた、と思っていたけれど、一人分となるとどうも調子が狂うことも今回、わかった。
今までは鍋の中にざっくりと混ぜ込む感じだったのが、一点集中になると調整が難しくなる。
大丈夫とは言ってもらったものの、盛りすぎてもまた侯爵様を倒れさせてしまうかもしれない。そうなったら、また離縁されてしまう……?ぐるぐると、考えても仕方ないことが頭をめぐるのだった。
そしてあっという間に当日!侯爵邸に部屋を準備していただき、準備を手伝ってもらう。
メイドさんが髪をまとめてくれて、さらにドレスとアクセサリーでしっかりと身なりを整えてもらった。
「ここまでやってもらうと、きちんとした令嬢に見えますね……」
大きな鏡の前に立って自分をしげしげと眺める。きついコルセットも頑張ったので、ドレスもしっかり着れている。……気がする。
「とてもお綺麗ですよ」
メイドさんたちからそう言われても、まぁ半分はお世辞でしょう。そう思う程度には自分の気持ちは廃れている。だってバツイチの地方子爵の令嬢ですし……。
それでもそんな私と、侯爵様は結婚したいと言ってくれた。それが打算だとしても、この結婚以上に親を喜ばせ、かつ老後が安泰と思える御縁は二度とないだろう。うん。そこまで考えて覚悟を決め(遅い)、部屋を出ると侯爵様が待ち構えていた。
「えっ!ずっとこちらにおられたんですか?」
「いや、さっき着いたところだ。準備中と言われてな」
(主人が立って待っていていいんでしょうか……と、いうか)
「侯爵様、お顔の色がお悪いようですが……?」
「ああ、大体いつもこんな感じだ」
どう見てもお腹を押さえてしんどそうだ。
「ストレス性の胃炎……だと思う」
妥協と打算の結婚が、よほど苦痛なのかもしれない……。魔力がない、というのも大変ですね。
「今朝は何か、お召し上がりになりました?」
「いや、喉を通らなくてな」
「それが原因では?」
しぃん。と部屋が静まり返る。
(何かいけないことを言いましたか……?)
「君の言葉は時々、辛辣だな」
何と言われても、打算の結婚ですからね。それより私はこんな時のために。
「セドリックさん、あれお願いします!」
「承知いたしました」
さすが有能執事、あっと言う間に部屋のティーテーブルの上にクッキーとお茶が準備された。
「もしもの時にと作ってきました。一口でいいので召し上がってください」
「……いつの間に……」
青い顔でふらふらしながら侯爵様はクッキーを口に運んだ。
「小さくても魔力たっぷりにしておきましたよ」
「確かに……なんだかすごい力を感じる」
その言葉に、ほっと胸をなでおろす。
「小さいものに魔力を乗せるのって、意外に大変でした」
「大皿の方が楽なのか?」
「そうですね、ターゲットが鍋いっぱい、とかの方がやはり簡単です」
クッキーは昨日焼いたものだけど、侯爵邸のキッチンの皆さんが、うまいこと焼きたて風味に仕上げてくれだようだ。
「なんというかこれは……腹の中に落ちたかと思うと、そこでじわっと広がるようだ。胃のあたりが熱いくらいに感じる」
「他人の魔力って、そう感じるものなんですね」
「ああ。……助かった、体の中に魔力があるという状態はかなり楽なものだな。何か礼を……」
「お礼はいりません。この間みたいなのは本当に困ります」
ぴしゃりと言いながら、お茶をカップに注ぐ。
「そろそろお時間なので、流し込んでください」
「ああ、そうだな」
小腹を満たした侯爵様は、いくらか顔色も良くなられたようでほっとする。
「では行くとしようか」
「はい」
侯爵様のにエスコートされながら客間へと足を踏み入れる。お客様はまだ控えの間にいるようだ。
「深呼吸してていいですか」
「腹を鳴らすなよ」
「ちょ、それ言わないでください忘れていたのに!」
「鳴ったら鳴ったで和むんじゃないか」
「今、テキトーに言いましたよね」
その時、ドアが開いた事に気づかなかった。さすが侯爵邸のドアは物音一つ立てないのだ。
「ずいぶんと仲がよさそうだな。もしかして長い付き合いだったのか?」
国王陛下のおなりです。
「し、失礼いたしました……!」
急いで淑女の礼をとったものの、今度はお腹が鳴ってしまう。
『きゅるるるるぅぅぐうう~』
もう顔をあげられる気が一切しない。
と思っていたけれど、侯爵様が腰に手を添えて私を礼から直してくださり……。
「すみません、彼女は緊張するとお腹がすいてしまうようで」
「……いや、うん。構わない。悪いが式の前に私だけで認したいことがあってな」
そう言いながら陛下は慣れた様子でソファに座った。そして陛下も周りの方々も、全てを聞かなかったことにしてくれている。何なら陛下以外は本当に聞こえていないという風情で、そんな面でも騎士団は鍛えられているのか……と感心してしまう。
「それで、あなたはラウルと結婚してくださるのですか?こう言ってはあれだけど、かなり変人ですよ」
「は、はい、いえ!私自身の方がかなり問題の多い身の上ですが、そちらについては……」
「全て承知の上。それより今日は、あなたの能力……魔力を料理に乗せられるとはどういうことなのか知りたくてね」
なるほど、そちらのお話を聞きにいらしたのかもしれませんね。
「はい。ええと……どうご説明したら……」
「そうだな。兄上、これをひとつ召し上がってください」
「なんだ?クッキーか?どれ……」
「あっ」
そ、そんな気軽に召し上がっていいのでしょうか?国王陛下のお口に私の作ったクッキーが!
「これか。ああ、なるほど……確かに魔力をもらい受けた。ラウルからの報告ではそれ自体が通常の自力と同様に使えるとのことだったが……私の場合は混ざらないようだ」
「あの……はい、それが正しい反応だと思います。騎士団の皆様もそうでした。ご自分の魔力の上乗せになるくらいのものと、私も認識しておりました」
侯爵様の顔色を確認しながら、ゆっくりと説明する。と、侯爵様も付け加えてくださった。
「私に魔力がなかったから、というだけでは無さそうですが……複合要因にせよ、彼女の魔力を私は『消化せずに貯められるし、使える』のです」
侯爵様が掌を陛下と上下に手を合わせると、陛下はますます不思議そうな顔をした。
「どうやら事実のようだ。すごいな。……エルヴィラ嬢、私からも、ラウルをあなたにお任せしたい」
「は、ええとあの。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
『きゅるるるぐううう』
お腹の虫も一緒にお返事してしまいました。おふたりとも、そっぽを向いても笑っているのはわかりましてよ。
[ 続く ]
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