夏は暑すぎるし蝉はうるせぇ百合

百々鞦韆

蝉時雨の中で


ジジジジだの、ミーンだの、セミという生き物はもう少し穏やかに鳴けないものか。ふとそう思ったが、人間だってここ最近は「暑い暑い」としか鳴かなくなっている。私と、隣にいる幼馴染の友人も例外ではなかった。はたはたと扇ぐ手の向こうから、彼女が話しかけてくる。


「暑くてやんなっちゃうね。ねえ、どこかコンビニにでも寄ってアイス買ってこうよ」


「……ん、奢り?」


「自分で買わないんだったら、私一人だけアイスで涼みますぅー」


真昼の太陽は私たちの心臓を本気で狙っているのかもしれない。アイスも、空調の効いたコンビニ店内も、今の私たちには必要だった。




「ねえ、このアイス見たことある?」


「……知らない。新作じゃない?」


「だよね!あたしこれにしよーっと!」


「……私はいつものでいいや」


新しいものにすぐさま飛びつく彼女と、慣れ親しんだ味を手に取る私。電子決済で早々に会計を済ませ店外で待っている彼女を、私は財布に小銭を仕舞いながら何とはなしに見つめていた。


「店の中で待っていれば良かったのに」


「お昼時で少し混んでたし。それに、アイスは暑いところで食べる方が美味しいんだよ!」


「……一理ある」


まあ、その理屈だと、私は冬に暖房の効いた部屋で食べるアイスが一番好きだ。とびきりに甘いやつをこたつの中でひと齧り……




「……ひゃっ!?」


「あっはは!ビックリしてんの!いやぁ、ボーッとしてたから、つい、ね?」


私が理想のアイス・シチュエーションを思い浮かべていると、突然首筋に冷気が迸った。見ると、彼女がアイスで冷やした手を私の首に伸ばしていた。


「やめてよ、人がものを食べるときに……」


「あはは、ごめんごめん。でも涼しくなったでしょ?」


「……」


この友人はいつもそうだ。

行動がとにかく早くて、迷わずに進む。積極性に溢れていて……。私は、密かに憧れと嫉妬の念を抱いている。


暑い。


先ほど首筋に冷気を当てられたばかりなのに。なぜだろう。


彼女の底抜けに明るい顔が、急に憎たらしく思えてきて、それでも、どこか愛おしくて……。


暑い。


ちょっと待て、私、今何を考えてた?

きっと夏が暑すぎるせいだ。私の思考も朧げになっているのに違いない。そうでなければ、こんなことは……。




「っ!?ちょっ、何っ、えっ!?」


「……あ」


気付けば、私は彼女の頬を伝う汗に手を伸ばしていた。彼女に触れた指先の感触が、残暑のように記憶にこびりつく。


「……あ、えっと。さっきの、仕返し?」


「も、もうっ!ビックリするじゃん!人が食べてるときに!……ってそれはあたしもか」


そう。これは仕返しだ。


幼い頃からずっと隣にいて、ずっと眩しかった貴女への、仕返しだ。




「……そっちのアイス、一口くれない?」


「え?かなーり食べかけだけど、いいの?」




「……それがいいの」


暑さにやられた私の無謀な呟きは、幸か不幸か、蝉時雨にかき消されてしまったようだ。


「ごめん、今なんて言ったの?」


「……何でもない。食べかけでも構わないよ、ちょっと味見してみたくなっただけ」




私はずっと食べられる側だったんだから。これからは、ちょっとくらい齧っても良いよね?


……アツい。


夏は暑すぎる。

それに蝉もうるさすぎる。


だけど、この夏は嫌いになれない。

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夏は暑すぎるし蝉はうるせぇ百合 百々鞦韆 @DoDoB717

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