10 美少年と決意

 予鈴が鳴った。

 あと五分で、昼休みが終わってしまう。

 ──その前に、レンくんに会わないと。

 一秒でも早く、レンくんに会って、お願いしなくちゃいけない用事ができた。

「……教室に戻ろう、小原さん」

「……ん」

 わたしが声をかけると、小原さんはわたしより先にベンチから立ち上がった。ポニーテールがふわりと揺れる。

「莉央でいいよ」

「え?」

 小原さんが、まだベンチに座ったままのわたしに、手を差し伸べてくる。

「ウチも、希って呼ぶから」

「…………」

 びっくりして、口を開けたままポカンとしてしまった。

「なに、その顔? 変な顔」

 ふふふ、と小原さん──莉央が笑った。

 莉央は元々整った顔立ちをしているけれど、笑うとよりその美人さが際立つなぁ。

「わかった、莉央。よろしくね」

「うん、こちらこそ」

 莉央の手を取る。わたしたちは、手を繋いだまま、校内を歩いて教室へ向かった。

「あ」

「あ」

 教室の前に、レンくんが立っていた。

 莉央と手を繋いでいるわたしを見て、信じられないものを見たかのような表情になる。

「え? え?」

 わたしの顔、莉央の顔、繋いでいる手を順々に指差しては、「え?」と声を上げるだけのレンくん。

 莉央はその様子を見て、何かを察したのか、

「あ、じゃあ、ウチ先に戻るね、また後で、希」

 と、手を離して、教室へ一人、入って行った。

「またね、莉央」

 わたしも笑顔で手を振り返す。

「えぇ〜……?」

 レンくんは、首が折れるんじゃないかってほど、首をかしげていた。

 そんなレンくんに向き直る。

「どうしたの? レンくん。教室の前で、一人で」

「あ、あぁ、うん。希のこと、心配して、待ってたんだよ」

「え? 心配してくれたの?」

 わたしなんかのことを?

 なんで?

「そりゃあするでしょ。突然、嘘ついて教室出て行ったらさ……ボクが守るって言ったんだし」

 何言ってんの、とくちびるを尖らせるレンくん。

 レンくん、わたしのこと、心配してくれてたんだ……。

 胸の奥が、ほわっとあったかくなる。

 なんだろう、この嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な感覚……。

 心臓のあたりで、ぎゅっと、手を握りしめた。

「あ、ありがと……心配してくれて」

「うん、まぁ、取り越し苦労だったみたいだけどね──やるじゃん」

 レンくんが拳を向けてくる。何のことだかわからないまま、わたしは拳をコツンと突き合わせた。

「やるじゃんって、何が?」

「希はすごいなってことだよ、またびっくりさせられちゃった」

 そう言うレンくんの笑顔に、わたしはドキッとさせられる。

 ……って、そうじゃない!

「れ、レンくん、お願いがあるの」

「ん? なに?」

 決意を固くするために、一度大きく息を吸う。

「朝陽くんの魔法を、解いてほしいの」

「…………」

 レンくんの瞳が細くなった。彼のまとっている空気が、変わった気がする──いつもの人懐っこくて柔らかい空気感から、氷のように冷たいものに。

「……いいの? 本当に」

「う、うん……」

 いつもより、トーンの低い声色に、若干肩が震えてしまう。

 レンくんは、わたしの願いを叶えるために天界からやってきた。

 叶えられなければ、天界に帰れない──次の呼び出しを待つ羽目になる。

 なのに、レンくんの力なしで恋を叶える、と言うんだから、最終確認もしたくなって当然だろう。

 ……でも、わたしはこれ以上レンくんに頼るわけにはいかない。

「希がそう言うなら、そうするけど……どうする気?」

 レンくんの真剣な面持ちに、わたしはゴクリとツバを飲み込み、レンくんを見つめ返す。

「自分でなんとかする……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る