沼の鴉には近付くな、という田舎の風習。

ぽんぽこ@書籍発売中!!

沼の鴉

 私の実家がある田舎では、カラスが異様に嫌われていた。


 周りは農家ばかりだったので、農作物がダメにされるからだと思っていたのだが、それはどうも違っていたらしい。爺婆たちは奴等のことを「あれは沼の生き物だから近づくな」と言うのだ。


 そのカラスがよく集まる沼は、実家の近所にあったそうだ。

 今はもう埋め立てられ、その上には立派なマンションが建っているが、当時は大きな沼だったらしい。


 確かに子どもが沼に興味本位で近付くのは危ない。だがそれならカラスではなく、沼に近付くなと言えば良かったはずだ。


 何故だろうと疑問に思っていたが、偶然にもそのマンションに住む友人が知っているというので、メールで教えてもらうことにした。



 どうやら昔は、子どもを口減らしの為にその沼へ棄てていたらしい。浮かんだ死体をカラスがついばみに来るので、獲物と勘違いされないように近付くなという意味だったようだ。


 だがまぁ、その子捨て沼も今ではマンションの下だ。埋め立て中に色々と事故があったらしいが、それも昔。カラスの風習だけが残っている。


 その友人いわく。人の味を覚え、狩場の沼を追いやられたカラスは、今では死にそうな人間が居る家の屋根に立って「早く餌を寄越せ」と不吉な声で鳴くらしい。



 先日、その友人が住むマンションの近くを通り掛かった。そのマンションを見上げると、屋上からおびただしい数のカラスが、真っ黒な瞳で此方を見下ろしていた。


 怖くなった私はすぐにその場を離れた。



 ――後日、マンションから友人が飛び降りたという報せが入った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

沼の鴉には近付くな、という田舎の風習。 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ