No.64【ショートショート】エンドロール

鉄生 裕

エンドロール

「ねぇ、新しいの出来たから聴いて」

彼女は新曲が出来上がる度に、一番初めに僕に聴かせてくれる。


今日もいつもみたいに、「どうだった?」と聞かれて、「とても良かったよ」と答える。

そして彼女はまた一人の世界に戻って、少し時間が経ってから、「ちょっと変えてみたからもう一回聞いて」と言われて、「うん、さっきより良いね」と答える。


そうやって今日が終わると思っていた。


でも、彼女が聞かせてくれた歌の、


『あなたと一緒にいて幸せな夜もあれば

大好きだからこそ一緒にいるのが辛い夜もあった

でも今はあなたの事を考えても

何も想わなくなってしまった』


という歌詞を聞いて、それはきっと僕の事なんだなと思った。

あぁ、僕たちの事なんだな、と。


彼女の歌には、『嫌い』や『別れたい』という言葉は一切出てこなかった。

それが余計に辛かった。


「どうだった?」

「次のライブでやるの?」

「そのつもり」

「一ヶ月後だっけ?」

「そう。いつもの下北のライブハウス」

「そのライブ行ってもいい?」

「もちろん」


それからの一ヶ月は、驚くほどいつも通りだった。

仕事が休みの日は一緒に映画を観に行って、ショッピングをして、彼女の家で彼女が好きなバンドの曲を聞きながら一緒に夕飯を作って、テレビのバラエティを見ながら一緒に夕飯を食べる。

変わった事なんて何一つ起きなかった。

起こさなかった。

まるで昨日をコピペして今日に貼り付けたみたいな、そんな日々を繰り返した。




ライブ当日、下北にはライブの始まる一時間前には着いていた。

ライブハウスの近くにある喫茶店に入りアイスコーヒーを頼むと、カバンから小説を取り出した。

栞が挟んであるページを開き文字を読もうとしたが、言葉が入ってこなかった。

文字はちゃんと読めるのに、どうしても言葉が頭に入ってこない。

紙に書かれた活字をじっと見つめていたけれど、一時間が経っても一行も読み進めることが出来なかった。

ライブハウスへ行くと、ちょうど彼女のバンドが演奏を始めるところだった。

バンドに与えられた時間はたったの三十分だったが、彼女はその三十分を一秒も無駄にしなかった。


ライブハウスから少しだけ歩いた場所にある公園のベンチに座っていると、僕を見つけた彼女が小走りでやってきた。

「ごめんね、お待たせ」

「お疲れさま」

「どうだった?」

「よかったよ」

「この後どうする?夜ご飯まだだよね?」

「ねぇ」

「なに?」

「別れようか」

すると彼女は最初から分かっていたかのように、

「うん、そうしよ」

と言った。

「今日はライブ見に来てくれてありがとうね。それじゃあ、バイバイ」

「うん、バイバイ」

「ねぇ、ちょっと待って」

「どうしたの?」

「君のおかげで、大好きな歌をいっぱい作ることができたの。自分が作った歌を好きになることが出来たのは、君のおかげだと思う。それだけは絶対に間違いじゃなかったって思ってる。だから、ありがとう」

そう言うと彼女は僕の前から姿を消した。


今日も、いつもと変わらない一日だった。

少しだけ違った点があるとすれば、たった一年しか付き合っていない彼女と別れた。

ただ、それだけ。

たった、それだけ。

いつもと変わらない、いつも通りの一日。

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No.64【ショートショート】エンドロール 鉄生 裕 @yu_tetuki

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