愛の特訓
ピエレ
キジトラ猫のウリウリの初恋の相手は・・・・あら、まあ、大変、白犬のミルクでした。
きゃあ、ですね。にゃにい??ですね。
道ならぬ恋とは、このことです。
禁断の恋だと、誰もが言います。
それでもウリウリは、ミルクにくっついて離れません。
今日も愛しいミルクの白くてやわらかな胸に顔をうずめ、グールグール、のどを鳴らします。
「ああ、ウリウリは、なんてじょうずにのどを鳴らすの。あたしゃ、あんたにうっとりしちゃう」
とミルクも言って、ウリウリの耳をペロペロなめます。
「おいら、ミルクが大好き、大大大好き」
ウリウリは耳を幸せに震わせ、瞳に浮かべたハートをひらひら飛ばし、ミルクの胸を前足ふみふみします。
ミルクも胸のハートをドクドクドックン高鳴らせてそれにこたえました。
だけどある日、ウリウリがミルクのとこへ行く途中、ブルドッグのダンプが立ちふさがったのです。
「いいか、よく聞け、ウリウリよ。猫のぶんざいで、おれ様のかわいいミルクとイチャイチャするなんぞ、おてんとうさまが許しても、このおれ様が許さないのさ」
そう言って、ダンプはウーウーうなるのです。さらにむき出しの牙をナイフのようにガチガチ光らせ、迫って来るではありませんか。世界じゅうの大怪獣がいっぺんに襲ってきたような警報が、ウリウリの胸に鳴り響きました。
それでもウリウリは逃げません。しましまのシッポの毛をハリネズミのように逆立て、背中をけわしい剣岳のように高く上げ、斜に身構えました。
「ミルクは、おいらの恋犬にゃあ。おいら、死んでもミルクと離れるもんか」
そう言って、ウリウリもウーウーうなり返しました。
「ちょございな、だったらその体、八つ裂きにしてやらあ」
とうとうダンプが稲妻のように突進してきました。
ウリウリは爪を抜き、目にもとまらぬ猫パンチで切り裂きました。
だけど体の大きなダンプにはかないません。ドーンと天まで飛ばされ、クラクラ地面に打ちつけられた直後、お尻に恐ろしい痛みが食い込みました。鋭い牙で咬みつかれたのです。この世も終わりの悲鳴が、ウリウリからあふれ出ました。
ほうほうのていでウリウリは草むらに身を隠しました。
痛みで気が狂いそうです。血が溢れる尻をなめて命をつないでいると、兄弟のマルマルとモリモリがやって来ました。
「ありゃあ、ウリウリ、なんてひどいざまにゃんだ」
とマルマルが言うと、
「誰にやられたにゃあ?」
とモリモリが尋ねます。
「ブルドッグのダンプが、ミルクに近づくなと言って、おいらを咬んだにゃあ」
とウリウリは泣きながら告げました。
「ダンプだってえ? あいつは鬼より恐ろしいやつにゃ。もう、ミルクのことは、あきらめにゃきゃ、命が千個あっても足りにゃいにゃあ」
とマルマルは言います。
ウリウリはぷるぷる首を振りました。
「おいら、千一回死んでも、ミルクと別れにゃいにゃ」
瞳の涙が【真実之愛】という文字を描いて、ふつふつふっとうしました。
「その涙の文字、何と読むにゃあ?」
とモリモリが問います。
「【マジ】って読むにゃあ」
とウリウリは答えます。
「マジかあ・・」
モリモリは胸をプルプル震わせて言いました。
「おいらたち兄弟が、力を合わせたら、ダンプに勝てるかも」
三匹は知恵を出し合いました。
だけど幼い猫たちには、ブルドッグに勝つ手段など思いつきません。
そこで三匹は、村の神社へ行き、新鮮な魚をおそなえしました。
そしてウリウリが、神さまに相談したのです。
「神さま、おいらたち、どうしたらブルドッグのダンプをやっつけることができるにゃん?」
ほこらの中で寝ていた神さまが、魚の匂いをクンクンかぎながら言いました。
「そんな小さなおみゃあたちが、ダンプに勝つすべなど、ありゃしにゃいにゃあ」
三匹が残念な顔で魚を持ち帰ろうとすると、神さまは白いシッポをおごそかに振って呼び止めました。
「じゃけど、わしの言う通りにしたら、ダンプもギャフッと言うじゃろう」
マルマルが目をエメラルドに輝かせて聞きました。
「それは、どんな方法だにゃあ?」
神さまは、白いヒゲをヒクヒクさせて問います。
「おみゃあたちだって、ダンプよりすぐれているところがあるじゃろう?」
「それは、何にゃあ?」
とモリモリが聞き返します。
「竜巻のようなすばしっこさと、研ぎ澄まされた鋭いツメにゃ」
と神さまは言い、目を金に輝かせ、戦略を告げたのです。
それから、太陽がポンポンと数十回昇り、月がプクプク太って、ズンズン痩せ、プクプクズンズン、また太っては痩せました。
咬まれた傷が癒えたウリウリと、兄弟猫のマルマルとモリモリは、涙と血と汗の秘密の特訓を繰り返しました。
林の木々でガリガリ、ガリガリ、爪をきたえて研ぎ澄まし、樹木に一瞬で駆け上がったり、木から飛びかかる技も身につけました。何より草むらを竜巻のように素早く駆けまわりながら相手を引っ掻く術を、毎夜毎夜、鍛錬したのです。
そして運命のその夜を迎えました。
星屑が燦燦と歌う新月の夜、三匹は、メラメラ、ギラギラ、ゴウゴウ、赤黄青の炎を胸にも瞳にも燃やし、いよいよ決戦の地へと向かいました。
そこは大きな栗の木の下の、ダンプのねぐらです。
ダンプはすやすや眠っていましたが、ウリウリたちが草むらに身を隠しながら近づくと、鼻をヒクヒクさせて目を開けました。そして猫の匂いだと分かると、体を起こしたのです。
「何だあ? この匂い、覚えがあるぞ。クンクン、この匂いは・・・ウリウリだな?」
とダンプは闇の草陰に問いました。
悪魔のような目が赤く光ります。
ウリウリの毛は全身逆立ち、、熱い血がドックンドックン脈打ちました。ウリウリは、身を伏せたまま、声を上ずらせました。
「い、いかにも、おいら、ウリウリ。ふ、ふくしゅう、しに、来たにゃあ」
ダンプは声の方を睨みましたが、はっと気づいて、まわりを見回しました。
「クンクン、クンクン、他にも猫の匂いがするぞ」
とダンプが言うので、マルマルとモリモリも、身をひそめたまま言いました。
「おいらたち、兄弟にゃ」
「みにゃで、ふくしゅうにゃ」
ダンプはしり込みするどころか、嵐に揺れる風船のように怒り狂いました。
「しゃーらくせえー。兄弟まとめて、地獄へ送ってやらあ」
と吠えながら、ウリウリの匂い目がけて突進したのです。
ウリウリは危機一髪、ぴょーんと横に飛び跳ねてかわすと、目にもとまらぬ速さで走り回り、栗の木に鋭いツメで駆け上がりました。
ダンプは目から火花を散らし、栗の木に体当たりして揺らします。
「ひきょうもの、降りて来やがれ」
と嵐のような鼻息で吠えるダンプのお尻を、隠れていたマルマルが、槍のようにとがった爪で引っ搔いて逃げました。
「いてえじゃないかあ」
ダンプは津波のように追いかけますが、猫の方が疾風のように素早いのです。しかも闇の草陰に待っていたモリモリに、脇腹をグサリ、引っ掻かれました。
「ちくしょうめ」
今度はモリモリを追いかけますが、木の上から飛んで来たウリウリにみけんはガリガリ、引っ掻かれるではありませんか。
「木のまわりを竜巻のように走るウリウリを、ダンプが追いかけていると、マルマルに背中をザクリ、モリモリに首をズブリ、鍛え抜かれたツメで、何度も何度も切り裂かれました。悲鳴が闇に響き渡りました。
血だらけになって、動かなくなったダンプを、三匹の猫は取り囲みました。
「ヒーヒー、こうさん、だあ。許してえ」
と泣き声をあげながらも、ウリウリに咬みつく逆襲の機会を、ダンプは薄目を開けて伺っていました。
そんなダンプの背に乗って、ウリウリは言いました。
「おいらの愛は、命がけにゃんだにゃあ」
その時です。
「まあ、あなたたち、何してるの?」
とミルクの声が夜に響きました。
騒ぎを聞いたミルクがやって来たのです。
ミルクは、傷ついたダンプに乗っかかるウリウリを見て、悲しそうに言いました。
「あたしの友だちをこんなに痛めつけるなんて、ウリウリには、がっかりだわ」
「違うんだにゃあ」
とウリウリは首を振りましたが、ダンプが死にそうな声で告げます。
「ウリウリは、ひきょうにも、仲間たちとよってたかって、無抵抗のおれ様を闇討ちにしたんだ」
それを聞いて、ミルクは怒りの声をあげました。
「もう、ウリウリとは、絶交よ」
ウリウリの胸は、悲しみに張り裂けそうでした。
「そんにゃあ・・」
うちひしがれるウリウリを見て、ダンプの悪魔のような赤い目がギラり、闇に光りました。ここぞとばかり、白い牙がむかれました。その牙がウリウリのお尻をズブリ、突き刺したのは一瞬でした。
悲鳴が夜を真っ二つに裂きました。
それを見たミルクの顔が、みるみる変ぼうし、恐ろしい夜叉になりました。
「てめえ、あたしの愛するウリウリに、何しやがったあ」
とミルクは吠え、ダンプに咬みついてグルグル回し、草原の向うへ放り飛ばしました。
ダンプはキャンキャン泣きながら、闇のかなたへ逃げて行きました。
「ああ、かわいそうなウリウリ、だいじょうぶ?」
と言いながら、ミルクはウリウリをやさしく抱いて、傷をペロペロなめました。
「キューン、キューン」
とウリウリは泣いて、ミルクの鼓動に顔をうずめました。
マルマルとモリモリは、そおっと離れ、闇の淵からふたりを見守りました。
「だいじょうぶじゃないにゃあ。ミルクと絶交にゃんて、死んだほうがましだにゃあ」
とウリウリは涙を流します。
ミルクは、その涙もいとおしそうになめました。
「絶交なんてするものですか。あたしゃ、あんたがこんなに好きなのに」
そう言って、ミルクはウリウリを抱きしめます。
ウリウリは傷の痛みも忘れて、ミルクにしがみつきました。
「おいらも、ミルクが大好き。この空の星の数だけ、大好きって言うにゃん」
そんなふたりに、赤黄白青の星星が、いくつもいくつも降ってきました。
ミルクはフワフワふくらんだ星星をシッポでポンポンはね上げ、尋ねました。
「なら、どうして長いこと、会いに来てくれなかったの?」
ウリウリは、仲間たちと爪をきたえたり走り回ったりした日々を思い起こしました。
「とっくんしてたにゃ」
「まあ、何のとっくん?」
「それは・・・愛のとっくんにゃ」
ミルクはウリウリの耳をくすぐるように口を近づけました。
「それは・・・どんなとっくん?」
「それは・・・ひみつにゃあ」
ウリウリは胸のハートをドクドク震わせ、ミルクの白い胸に顔をうずめました。
愛の特訓 ピエレ @nozomi22
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