第71話 私がよーくんを支える◆side琴菜◆

『ワン』


 え、犬?


『ロト、帰ったよ』

「犬飼ってるの?」

『うん、母が拾ってきたの』

「性別は? ロトだとどっちかわからない」


『……知ってるんだね。まあそれはともかく、男の子だよ』


「こんにちは、ロト君。よーくんの彼女の涼原すずはら 琴菜ことなです。認めていただけますか』


 ロト君が近寄って来て手の匂いを嗅いで、舐めてくれた。


『認めてやるって言ってるよ』


 よかった。



『ただいま』

『おかえり、芳幸よしゆき


『おかえり、琴菜ちゃん』


 お母さんの笑顔、cafe Pandōrā(パンドラ)で会った時のよーくんとそっくり。


 親子だもん似てるのは当たり前だけど……私は本当に許してもらってると思っていいのかな。


『どうしたの? 何も心配しなくていいのよ』


 …

 ……

 おかあさん、ありがとう。来て良かったです。


「ただいま、おかあさん」

『芳幸の運転はどう? 怖くなかった?』

『おい』

「優しい、安心できる運転でした」

『そう、良かった。車もろとも田んぼに落ちかけた芳幸がね……よかった』

「そ、そんなことが?」

『ちょっと、それ仮免の時』


『さあ、上がって』


 おとうさんはキッチンで料理していた。


「おとうさん、ただいま。お久しぶりです」

『おかえり、琴菜ちゃん。配信見たよ」

「ありがとうございます。今となってはちょっと恥ずかしいです」

『偉業だよ。それに見る人がみればわかるようにメッセージを込めてたし』


『今日は、やらかし祖父じいちゃんが遺したフーカデンビーフよ』

「そんな、おかあさんやらかしなんて、涼原すずはら家のおふくろの味にもなってますから」


『俺、ザワークラフト作ったぞ』

『お、副々菜』

『失礼な!』

「おとうさん、料理するんですか?」

『主に漬け物な。むろん刻むだけじゃないぞ』


『すぐできるから、荷物を客間に置いて来て』

『「はーい」』



『ただいま~お兄ちゃん達帰ってるのね』

『おかえり、慈枝よしえ

『『『おかえり』』』

「おかえりなさい、慈枝さん」


『琴菜ちゃん、大人っぽいコーデね。そういうのも似合うんだ…美人は得ね』

『び、美人なんて……そんなことないです』

『そんなことあるよ。ちょっと、私の部屋こない?』

『はい』


 …………


『ひょっとして覚悟をきめてきた?』

『はい、実は』


『大丈夫だったのよ。琴菜ちゃんとお兄ちゃんはなんというか、つまずいたけど、お互いの努力で運命を切り開いたんだから、父も母も立派だったって褒めてたわ。そこにネガティブな要素はなかったよ』


「それでも、ちゃんと向き合って話をしないといけないと思いました。で、それには一人前の大人で挑むべきで、ガーリーは違うと思いました」

『ふ~ん……みんな、琴菜ちゃんの味方だからね』

「ありがとうございます」


「あの、慈枝さんがお兄ちゃんにとって初めての彼女なんです」

『そうなの。自分がその人の初めての彼女ってなんか良くない?』


「はい、とってもいいですね……お兄ちゃんがっついてないですか?」

『琴菜ちゃん、がっつかれたことがあるの?』

「ち、違います。友達で彼氏ががっついて困るっていう子がいて……困ってるようには見えませんでしたけど」

『フフ、今のところはないかな……あのさ』


 慈枝さん?


『ウチのお兄ちゃんも彼女が出来たことないんだけど、昔ラブレターをもらったことがあるの』


 あの話よね。慈枝さんはどこまで知ってるんだろう。


『その子、私の同級生で……それほど仲がいいわけじゃなかったから、直接聞いたわけじゃないんだけど、その……』


『その子は、お兄ちゃんのことが好きになって、思い切ってラブレターを書いたんだけど、いわゆる陽キャグループっていう連中に揶揄われて、偽ラブレターだって言っちゃって……たぶん勢いで』


 !


『……妹の私が介入していればひょっとしたら変えられたかもしれない……あ、琴菜ちゃんにとっては変えないほうがよかったよね……ただ、お兄ちゃんはものすごく傷ついたみたいで、それだけが、それしか残らなかった』


 あのバカたちもずいぶんいろいろな人を、特にカップルを揶揄ってた……こういう害悪を垂れ流していたのね。今更だけど。


『私、お兄ちゃんを守れなかった。立ち位置的に私なら守れたのに……』

「……慈枝さん。そのことはおかあさんから聞きました。単純によーくんがその女にひどいことをされただけだと思っていましたが、その女サイドにそういういきさつがあったんですね」


『お願い琴菜ちゃん、お兄ちゃんには多分まだ傷が残ってると思う。それを癒せるのは琴菜ちゃんだけだと思う』

「慈枝さん、私はよーくんを支えると決めてます。ですから任せてください」


『ありがとう。ごめんね……そろそろ完成してるかな』

「はい、いきましょう」


 …………


『みんなそろったな。じゃ食べようか』


 食卓上には、フーカデンビーフ、ミネストローネ、マカロニサラダ、ザワークラフト、五穀米ごはん、温麦茶が並んでいる。


『『『『「いただきます」』』』』


「おとうさん、このザワークラフトおいしいです」

『おう、ありがとう。単独でもおかずになるよう、少し塩を強めにしてるんだ』


『琴菜ちゃん、芳幸をよく教育したほうがいいわよ。琴菜ちゃんが寝込んでても、それなりに家族全員の生命を維持できるぐらいに』


 これって……

 結婚を認めてもらえてるってこと?


「私は、よーくんのご飯は作りますよ?」

『いつも欠かさずそれができるわけじゃないわよ。琴菜ちゃんが就職するなり、起業するなりして、帰りが遅くなるときもあるかもしれないし、病気になることもあるでしょう。悪阻つわりとかもね。その時には、芳幸がご飯を作ったり家事をこなさなければならないのよ』


 つ、悪阻!?


『手伝うよ。そりゃあ』


『わかってないわね。“手伝う”ってのは従でしょ。そうじゃなくて、自分でメニュー考えて一人で実行することがありえるということなの』

『例えば俺のザワークラフト。これ単独でおかずになることを考えてるんだぞ。美都莉が作るご飯には敵わないけどな』


『わかったよ。ことちゃんお手柔らかにたのむよ』

「よーくんの作ったご飯おいしかった。だから、自信をもって」

『うん、ありがとう。この前いただいた出汁巻き卵、おいしかったよ』


『褒め合いになってるよ』



『琴菜ちゃんに食べて欲しくて作ったんだからフーカデンビーフも食べて』


「おかあさん、フーカデンビーフおいしいです。これ、ナツメグ以外のスパイスも使ってます?」

『よくわかったね。ちょっと研究をしておろしショウガとセージを使ってるの。隼人さんも、私にこれを教えてくれたお義母さんもおいしいって言ってくれたわ』


 そういう余地があるってことね。


『その時々に合ったものとか、みんなが喜ぶものを作る、改良していくのはいいことよ』

「そうですね」



『琴菜ちゃん。颯君はフーカデンビーフ好きなのかな?』

「兄も好きですよ」


 フフ……


『ふ~ん。お母さん、今度教えて』

『いいわよ』


 …………


『琴菜ちゃんお風呂に入っておいでよ』

「え、私が一番風呂でいいんですか?」

『遠慮しなくてもいいわよ。ウチは一番風呂が誰とかはないの。それに、もう琴菜ちゃんは家族なんだからね』

「はい、じゃいただきます」



『芳幸、明日はどこに行く予定?』

「明日は――」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 実はフーカデンビーフって食べたことがないんです。

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