第65話 招かれざる男◆side琴菜◆

 駅についた。

 あれ、迎えが来てない……しまった、電話するのを忘れてた。


「よーくんゴメン、電話してない」

『まあ、慌てなくてもいいよ。暑いからシェイクでも飲んで、それから電話しよう』

「うん」



 らは!


『ことちゃんどうしたの。顔が険しいけど』



涼原すずはら、この前、俺の言うことを無視したろ!』


 このバカ、また絡んできた。


「私はあなたの告白というか強要をお断りしましたが、理解できてませんか?」

『告白? 強要? 違う、あれは“道理”だ。女は男に隷属してるのが一番いいんだよ。断る断らないじゃなく従うんだよ!」


「お話しになりません。男女は平等であり、発揮できる能力に性別は関係ありません」


『ことちゃん?』


『それが間違ってるんだ。我々男は女に楽させるために家に取り込んでやろうとしているのにそれを拒否するとは何事だ!』


『暴言は、やめてもらおうか』


 よーくん、このバカと私の間に割り込んでくれた。


『なんだお前、関係ない奴は引っ込んでろ。“暴言”? 勘違いすんな、俺が言ってるのは道理ってんだよ』

『涼原、パパ活か?』


『ことちゃんこいつ何者?』

「たしか同級生だったと思ったんだけど、脳が名前を覚えるのを拒否してるからわからない」

『なるほど!』


『おーおー、どういう躾けを受けたら、こういう骨の髄まで男尊女卑思想になるのかね。親の顔が見たいよ。ああ、毒親ってやつか。まあ不憫だな』


 よーくん、こんな言葉遣いできるんだ……

 私は、よーくんと共に生きるんだから、


「年齢差が大きいカップルに対して“パパ活”とか、そういう下劣な脊髄反射をすることをリテラシー高いとおっしゃる、発想が貧困ですね。またそれを共鳴させる集団に帰属していないと不安なのでしょう、自分で自分自身を律することができないかわいそうな方たちですね」


『なんだと、俺の親父はこの町一番の会社の社長、町からの仕事もたくさん請け負っている絶対的存在だ!』

『脊髄反射? 視野が広いって言うんだぜ!』



『何なの、あの勘違い野郎どもは、今時男尊女卑思想? エコーチェンバーっていうやつ?』

『それに、社長という職位を封建領主とでも思ってるのかな?』


 あれは、ともえさんと、伊勢いせ君。

 あの二人、整った容姿からどっちかというとこのバカどもに近い人だと思ってた…ごめんなさい、外見だけで判断してました。


『民主主義を学びなおすために、まず社長を自称する男尊女卑思想のお山の大将から隔離して小学校からやり直しね』

『そうそう、あの人間の形をした音声反射板とりまきも排除して』


『(ヒソヒソ)ことちゃん。あいつの親父の会社って?』

『まあ有名な所だけど、パワハラとかの噂があるの』

『……どこにでもあるんだね』


『何だ巴、伊勢、俺に逆らおうって言うのか! それからそこ、何がパワハラだ。打たれ弱い奴の遠吠えを真に受けるんじゃない』



 危ない。取り巻きが巴さんの腕をつかんだ。


『腕力じゃ敵わないだろ。言うことを聞いとけ!』


『そーお?』


 あれ、巴さんの腕がブレて、体が揺らいだと思ったら、腕を掴んでた取り巻きが…転んだ? 倒された?


『(ヒソヒソ)ことちゃん、あれ武術だよ。僕はあまり詳しくないけど』


 え、巴さんが、そんな話初めて聞いたよ。


『おい、なに勝手に転んでんだよ』


 取り巻きは、今度は伊勢君に向かって行った……やっぱり倒された。

 このバカども、巴さんが武術を使ったのがわからなかくて、二人を軽く見てるのね。


『どうするの、取り巻きさんの3人の内2人は潰れたよ。もう引き下がったら?』

『うるせー』


 このバカ、巴さんに殴りかかってきたけど、巴さんは右袖に掠らせてボタンがちぎれ飛んだ。え、なんで外れたの?


『あーボタンがちぎれた。これ、暴行よね。というわけで!』


 巴さんの腕がこのバカの腕に絡みついたかと思ったら、このバカは顔から地面に落ちた……けど、顔が地面にぶつかる寸前に足を顔と地面の間に入れて直撃を止めた。


 おかしかったのは、巴さんの靴にキスしたみたいになってしまったこと。


『女に投げられて、大けがをするところを女に助けられて、靴にキスした。M男君に認定してあげる?』


 無事な取り巻きとこのバカは何も言わずに逃げてった。潰れた二人を残して。

 バカどもの絆はこんなものか……


『涼原さん、お見苦しい所をお見せしました。こちらが芳幸さんですね、ともえ 沙羅さらと申します』

『僕は、伊勢いせ 重位しげかたです』


武川たけかわ 芳幸よしゆきと申します……あれは武術ですか?』

『まあそうなんですけど、暴力という見方もありますので、内緒でお願いします。ね、重位』

『そうだね、沙羅。僕からもお願いします』


 え、この二人……


『そうですか。では聞かないことにしましょう。正直、ことちゃんとあの連中の間に割り込んだものの、4対1だし、どうしたものかと考えていました』

『勇気を伴わない力は何の役にも立たないですよ。立派です』


「巴さん、伊勢君、助けていただいてありがとうございました。どうして私を助けてくれたんですか?」


『涼原さんは立派な人だから、という理由では不足? 迷子の保護とかいろいろ善行を積んでるし、なにより一途に芳幸さんのことを想い続けていた』

『僕も同感。運動系部員って成績がいまいちという場合が多いけど、涼原さんは違う、文武両道です』


「ありがとうございます。嬉しいです……ところで巴さん、その、靴が汚れてしまったのではないですか。それと、下の名前で呼び合ってる二人は付き合ってるんですか?」


『ああ、は除去すればいいわけだけど、新しいのを買うかもしれない』


『付き合ってはないけど、同門の幼馴染だよ。沙羅の家が道場をやってて、僕は小さい頃から通ってる』


 あれ、巴さんがほんの少しだけムッとした。

 そういえば、巴さんミニスカート……

 ふ~ん……


『それより、あいつら、悪知恵だけはあるから自分達は被害者なんて言い始めるかもしれない。特に成人を悪者にすることにかけては、呼吸するようにする』


 よーくんに危害が及んだら困る。どうしよう。


『そこは大丈夫、録画してるから。いつでも提出できる』


『じゃあそこは安心だけど、諸悪の根源たる父親が入知恵するのでは?』

『ある筋の情報だけど、近々あの会社にはガサ入れがあるみたいよ』


『そういや沙羅んちにはお巡りさんがいっぱい通ってるよな』

『重位』

『ごめん。みんな、今のは聞かなかったことにして』


『まあ、そうなったら父親はバカ息子どころじゃなくなりますから、あいつは自分の力だと思っていたものが消滅して……後は坂道を転がり落ちるだけです』

『うん、そうだね沙羅』


『涼原さん、あいつ、取り巻きに見離されて力が決定的に失われるから、安心だと思います……連絡先を交換しませんか?』

「はい、巴さん」

『下の名前で呼び合いましょ!』


 伊勢君、よーくんをチラ見してる。

 連絡先を交換するかどうか考えてるのね。


『僕は……連絡先の交換はやめておく?』


『伊勢君。ことちゃんがいいって言ったら僕は構わないよ。ことちゃん?』

「私はよーくんがいいって言ったらいいよ」


『フフ、お二人さん、聞いてた通り仲いいですね……ところでこいつらは警察に届けますね。もちろん、事情は話しておきます。ボタンっていう証拠物件エビデンスもあるし』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 そろそろ名前のネタがつきそうです。

 巴:巴御前から

 沙羅:サラソウジュ(沙羅双樹)フタバガキ科サラノキ属の常緑高木から

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